きみについて2

 昼というには遅すぎて、夕というには早すぎる時間帯。村の市場は人気が少なく、夕飯前の買い物時に向けて、おのおの準備しているような塩梅だった。そんななか、シルヴィオとともに焼き物屋さんを訪れた私は、暇そうにしていた女将さんに嬉々として食いつかれた。


「アヤちゃん、アヤちゃんじゃないかい!」

「こ、こんにちはー」


 ここの焼き物屋さんの作品は、ワイナリーのレストランにも卸しているため、割ってしまうと補充にくるのが常だった。つまるところは顔見知りであり、このところの事情にも詳しい身である。


「役場の坊やから聞いたんだよ、アヤちゃんが就職先を探してるって」

「そ、それはお耳が早いですね……!?」

「そりゃ、狭い町だからね。そこで、とんでもない山奥に行ったとか騒いでたんだけど……さっき、ワイナリーのほうでなにかあったんだろう? 茶色い畑が緑になってたじゃないか」

「は、はい。おかげさまで……」

「なにがあったか知らないが、きっかけを呼び込んだのはアヤちゃんなんじゃ……ん?」


 勢いよく幕したてていた女将さんが、私の横を見てハッとする。


「おやおやおや、ずいぶん綺麗な子を連れてるじゃないか……こりゃ、10年後には美丈夫になるね」


 女将さんの視線を一身に浴びたシルヴィオは、縋るような視線をこちらに寄越してきた。しかし私は、ただ首を振った。女将さんの注意を逸らす奇策などこの世に存在せず、適当に頷き続ける以外、切り抜けるすべはないのである。


 私は微笑みながら女将さんに言った。


「彼……シルヴィオに、新しくお皿を買ってあげたいんです。おうちを見たらすっからかんだから、これじゃダメだって」

「若い男はそういうところめんどくさがるからねえ、分かるよ。でも、アヤちゃんみたいな子が面倒見てくれるなら一安心だね」

「いや、おれは」

「これなんてどうだい! うちの主人……ああ、このへんのものを焼いてるのは主人さ……が最近凝ってる図版なんだけど、鳥の模様で綺麗だろう」

「……」


 また、縋るような視線を向けてくるシルヴィオに、またまた首を振る。こういうときの女将さんには、流されていた方がいい。


 あれこれ紹介されたのを見て周りつつ、私は「いいですね」などと相槌を入れた。女将さんの営業トークもとい雑談は止まらず、肝心のシルヴィオはというと、途中で面倒になったようで、言われるがままに陶器を買い込んでいた。


「毎度! 良い生活を! また来るんだよ!」


上機嫌の女将さんに送り出されつつ、大きな包みを抱え込むシルヴィオを、私ははらはらと見る。


「だ、大丈夫ですか? そんなに買ってしまって」

「大丈夫。おれ、こんなんでも教授だから。お金はある」

「そういうことじゃなくてですね!」

「……それに、いいな、って思ったのは、本当だから」


 よいしょ、と包みを抱え直してから、シルヴィオは言った。


「暗色の皿には肉やにんじんが映える、白い深皿はスープの色が綺麗に出る。そういうこと考えたことなかったし……あ、たしかに、白いすり鉢に装ったトマトのスープは、赤い色が綺麗だったね。大発見」


 軽く目を細め、シルヴィオはその続きを口にした。


「……そうやって、気づけてないままでいること、知らないままで終わること、いっぱいあるんだろうなあ」


 その言葉が、胸にちくりと刺さる。


(知らないままで終わること)


 魔法の知識をたくさん持ってるシルヴィオでもそうなのだ。私にはもっと、もっとたくさんある。


 そして、いま手を伸ばさなければ、知らないままで終わってしまうだろう、ということもある。


(あの山頂に一人にしたくないとか、美味しいものを食べさせたいとか、いろいろ考えたけど……もっと単純に、知りたいんだ、私は)


 貴方を知りたいと思っている。

 勝手に魔法学府のかたに尋ねたり、気を巡らせたりして、貴方がどんな人か、知ろうとしている。


(そして、たぶん)


 シルヴィオは、私が行きたいと言わない限り、私にアストラホルンに来てとは言わない。彼の中で、私にとっての幸せは「ワイナリーに帰ること」と規定されていて、それはもう、覆されるものではないから。


 だから。


「シルヴィオ」


 夕陽に染まる町のなか、大きな包みを抱えた童顔の青年に、私は言った。


「私、貴方のもとで働きたいです」


 主語は私に。望みはあなたへ。

 心の奥の奥の、まっすぐな願いを掬い上げ、口にする。


「貴方のことを、知りたいので」


 シルヴィオは目を目開いた。

 聞き間違いかな、というように首を傾げ、ただまっすぐにまなざす私に気づき、息を呑み、ぱちぱちぱち、と長いまつ毛をまばたかせてから、眉を下げて、口にする。


「おれのためじゃなくて? 寂しそうだから、とかじゃなくて?」

「いいえ、私が貴方を知りたいから。知りたい、という気持ちがもつ力は、貴方、よく知ってますよね?」


 知りたいから知る、そのために勉学と修練に明け暮れて、大人になってからはそれ以外の世界も見えてきて、それでも、未知が知になる瞬間、あんなにも無邪気に目を輝かせる人だ。


「私も、貴方を知りたいって思ってます」

「……聞きたいことがあれば、なんでも聞いて。いま、ここで話すから。なんて」

「そういうことじゃないって、分かりますよね?」

「うぐ」


 シルヴィオは弱りきった顔で、口にした。


「こんなん言われて、手放せなくなったらどうすんの……」

「はい?」

「いや、なんでもない」


 シルヴィオは首を振り、うう、と悩み込んでから、顔を上げる。


「そんなに言うなら、雇ってあげる。知っての通り、ポストはガラ空きだからね」

「……! ほんとうですか!」

「うん。……せっかく綺麗なお皿をたくさん買ったし、料理ができる人がいてくれたら、お皿も嬉しいと思う」

「シルヴィオは、嬉しくない?」

「そんなの、とーぜん、嬉しいよ」


 シルヴィオは微笑みを浮かべてから、「あ、でも」と呟く。


「ロランに、『俺のおかげだろ』って顔されるのはちょっと嫌かな。むかつく」

「もう、そんな甘えたこと言って」


 くすくすと笑ってから、私はつぶやいた。


「今度は、ロランさんやエヴァさんぐらい、甘えてもらえるまでひと頑張りですね」

「アヤさん、なんか言った?」


 聞き返してくるシルヴィオに、私は首を振る。


「いいえ。……まだ、教えてあげません!」


 



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セレンディピティ・ファンファーレ〜魔法学府農学部附属アストラホルン研究所〜 別海ベコ @bekabeco

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