日常の終焉
───ガタン!!
どうやらベッドで寝ていたが頭から落ちたらしい。 激痛に苛まれてまともに身動きが取れないでいると、誰かが近くを歩いている音が聞こえる。
「お兄ちゃーん! 今日は『試練』だってのにいつまで寝てんのさー!! 大体、昨日の回向の儀も途中で寝たくせにさー!?」
そうだった。 今日は8月10日。 俺……ゼロ・ラドアの19歳の誕生日だ。
俺が住んでいるこのリトビアという村では19歳になると森へ一人で入り、一番奥にいる猪を倒すことで成人として初めて認められるという内容の試練がある。 俗に言う通過儀礼というやつである。
妹のスリーが部屋のドアを開けて入ってきて、ベッドから上半身だけ落ちている俺を見て心底軽蔑した表情で、
「もうとっくに夜は明けてんだからさっさと身支度して『試練』、ちゃちゃっと終わらせて来なよ! というかさ、そんなんでお兄ちゃんほんとに大人になれるの!?」
そう吐き捨てる。 何とも反抗期真っ盛りである……と内心思わなくもないがスリーの言うことが正論でしか無く頭のたんこぶをさすりながら起き上がり、身支度を済ませ1階に下りる。
「お前もこの『試練』が終わればもう大人なのだ。 もう少しその自覚を持ちなさい。」
「まあまあ、これからテスト受けに行くのにそんなプレッシャーかけるようなこと言わないの!」
父が説教して、母がそれを宥める。 今日で大人になるというのに、昨日までと何や変わりはしない。
大人になれば村から出ることも許されるようになる。 尤も、他の場所に行ったところで何があるのかはさっぱり分からないので出る者はそう多くはない。 父は世界中を回って世界に天変地異を巻き起こした大元を封印して、光の四戦士バザックとして語り継がれているらしい。
世界中を回る旅に母ミリオンも同行したが最後の戦いを共にするのは突っぱねられたらしい。 そんな話を、何故か改めて持ち出された。 もう耳にタコが出来るほどには聞き飽きた話で、それに今は父の武勇伝よりも気になることがあってロクに頭に入りやしなかった。
昨日までと何も変わらないように見えた朝の日常だったが、少しは違っていた。
「ゼロ、誕生日おめでとう。 ささやかだが私からの誕生日プレゼントだ。」
父はそう言い、あるものをテーブルの上に置いた。
紐に繋がれた、美しい真紅の結晶を。
「……父さん、これは?」
それが何なのか、見ただけでは分からなかった。
「ああ、これは私が昔から大切にしているお守りだ。 だが、今は私によりお前にとっての方が重要なものだ。 受け取りなさい。」
そういうとそれを俺の前に差し出す。 キラキラと光り輝くその結晶に触れると冷たいながらにどこか幽かに暖かい感覚を覚えた。 俺はそれを受け取ると首にかけ、しばらく結晶を眺めた。 綺麗だ……。
「行ってきまーす。」
朝食もそこそこに済ませ家を出る。
森へ足を運びながら、夢のことが気になって仕方なかった。
「回向の儀……だよな……?」
村の知り合いも夢の中にいて、でも知らない人もいて、この世界の伝統行事である回向の儀をしていた、あの夢。昨晩は回向の儀の夜で19歳の誕生日の前日で、そんな日に回向の儀の夢を見るなんて、何かの暗示だろうかと思う。 だが、だとしたら何の暗示なのか……そんな考えが頭の中をぐるぐるぐるぐる巡って暫くボーッとしていた。
「──おいっ、ゼロ!」
そんな訳で、後ろから声をかけられていたことに全く気付かなかった。見れば目の前に巨木がある。 後ろには……親友のベルクが何とも呆れた表情をしながら俺の肩に手を置き立っている。
「お前、今からオーク先生倒しに行くのか? そっかあ、今日だったかー、ってかお前さっき木に頭ぶつけてたけど大丈夫か?」
今日も相変わらず軽いノリで話しかけているが目の下にはクマがある。 俺とは違って回向の儀を最後まで見てたらしい。 ……恋人が月の巫女だし仕方ないか。
「あ、ああ……ちょっとボーッとしてて、ぶつけたのにも気付かなかったな……。」
「あれだけ派手にぶつけてたのに気付いてないってお前、一体何をそんなボーッとしてたんだ? らしくねえな。」
ごもっともである。 ふと木の幹を見ると血が付いており額を拭うと手に血が付く程にはかなり派手にぶつけたらしい。 朝から何度頭をぶつけたら気が済むのだろうか。
「まーとにかく頑張って来いよ! オーク先生、かーなりおっかねえから気を付けろよ! でもまっ、ゼロは強いから大丈夫だと思うけどな!」
ベルクと軽く手を振り別れ、試練会場───狩りの森に足を踏み入れた。
試練会場と言いつつ別段特筆すべきものがあるわけでもない、ただの森だ。動物がむやみやたらにこちらを襲ってくることを除いては。それを父から教わった剣術で軽くあしらいつつ、森の中を進む。 この森は村の子供にとっては庭同然の場所で、市場(町にはそんなものがあると父から聞いた)みたいに食べ物が沢山ある。 村人の多くはここで山菜を摘み動物を狩り生計を立てている。 何が言いたいかというと、迷う理由など無い。
普段ならば妙な気で遮断される場所の近くに来ると、体が一瞬ふわりと浮く。
「う……うわっ!」
予測していなかった事態に思わず間抜けな声が漏れる。
しかしその驚愕も処理出来ぬ間に今度は足から地面に急着地。 突然の出来事に頭も体もついていけず、思わず足首を捻ってしまう。 …………二度も頭をぶつけた挙句に足捻るとか厄日かよ、今日は。 散々な誕生日である。 自分に悪態をつきつつ不測の事態に対する驚きを何とか脳が処理してくれたので、改めて辺りを見渡す。いつもの森とは、明らかに雰囲気が違う。 先程の一連の流れで何かが起きたらしい。
いつもなら近付くことの出来ない妙な気が一帯を満たしている。 動物の気配は感じない。 正確に言えば、四足歩行をする動物の姿は無いし、気配も感じない。
目の前に居たのは。二本の足で立っている、猪だった。 もっと言えば二本の足で立ってボロボロの毛皮みたいな服を着て、本来の猪なら前足にあたる部分で槍を装備した猪だ。
それだけならともかく。
「19歳の誕生日おめでとう、ゼロ・ラドア君。 私こそ、この狩りの森の
…………喋った。 紛れもなく猪が喋っている。 口と思しき部分を動かし鼻をふがふがと鳴らしながら。しかも何故か此方の名前と年齢を知っている。 何者だこいつ。 それが率直な感想だったが、今この場でその感想を述べることは適切ではないと判断するだけの脳みそはある。 恐らく、先程ベルクがオーク先生と言っていたのは目の前の猪(なのかすら怪しい、獣の着ぐるみを被った村人と言われても驚かない)であろうから。
「え、えー……ありがとうございます。 ……ということは、『試練』というのは?」
多分当たり障りの無い返事をしつつ、出来る限り自然な流れで話を通過儀礼へと持っていく。
「いかにも。 『試練』とは即ち、私と一太刀交え撃破することにあり。 さすれば君は晴れて大人として認められることとなるだろう。」
「分かりました。」
どうやら『試練』の内容はかなり単純明快なようだ。 でもまあ、村人にとって家の庭みたいなこの森で宝探しするとかだったとして隠し場所の見当は大体ついてしまいそうだし、村の大人にとって武器の技術とか勇敢さとか、そういうのが大切だと両親から何度も何度も聞かされて今や一言一句間違わず暗唱出来てしまう程なので、『試練』はそれが備わっているかを試しているのだろう。
「しかし、真剣で戦うわけではない。 私も死にたくはないからな。」
背中に携えた剣の柄に手をかけようとして、オーク先生(適切な呼び方が特に思いつかなかったのでベルクのこの言い方を借りることとしよう)にやんわりと止められ、渡されたのは竹で出来た剣。 刃は付いてないし、どこか尖っているわけでもない。
「その竹刀で私に攻撃を打ち込む。 ただ、それだけのことだ。 だが反対に、私が君にこの竹槍を打ち込めば君はその瞬間に『試練』失格となり森の入り口に戻される。 因みにこの際会場への入り口がランダムに再設定されるので留意されたし。」
何じゃいそりゃ。 確かに森に入る度に妙な気がある場所って違ってた気もするがそんな仕組みがあったのかよ……!?
「それでは私が三つ数えた後に始めるとしよう。」
一瞬間が空いて、
いち、
にの、
「さん!」
頭の中で数えたタイミングとオーク先生が開始の合図を告げるが同時で、俺はオーク先生が動くよりも先に足を踏み込んだ。 さっき捻った足が利き足じゃなくて助かった。
オーク先生はかなり大柄な体格で、動きは俊敏でないだろうと高をくくり懐に踏み入ろうとして槍の一突きが飛んできた。 そういえば武器の射程範囲を考慮していなかった。 頭を低くしてその一突きを回避して先程と反対側に立ち体勢を立て直す。 ……もしかしなくても結構不利じゃないのか、これ? なるほど、確かにベルクがおっかないと言うのも理解出来た。 オーク先生に攻撃を何度か試みるも、その度に槍の一突きが飛んでくる。 毎度危機一髪で回避しているが、いつまで体力が保つかは分からないし、相手がどれ程体力を持っているかは測りかねる。 だが、決してオーク先生の方からは攻撃をしてこない。 あくまで俺の攻撃を未然に防ぐためだけに、攻撃してくる。 それに気付くまでに結構時間がかかった。 けれど、気付いてしまえばこっちのものだ。
近くには切り株がある。 その少し後方でオーク先生がこちらの様子を窺っている。それめがけて俺は走り、切り株に飛び乗る、とそれを防ぐ為に槍がこちらに向かう。
それと足の踏み込みのタイミングを絶妙に合わせ槍を回避しつつ高く飛び上がる。そこで体を捻り竹刀を両手で持ちオーク先生の攻撃直後でガラ空きな頭に一撃を叩き込む。 その反動で体の動きが変化するのを感じて竹刀を放り捨て、バク転、からの逆立ちで着地。 …………普通に足から着地したほうが良かったかもしれない。 手首から微妙に不吉な音が聞こえた気がする。
「おめでとう、ゼロ・ラドア君。 これで君も晴れて大人となった。 さて私から一つ話をすると……なにっ!?」
「ど、どうなされました!?」
頭にたんこぶを作ったオーク先生が固体みたいな水を運ぼうとして、素っ頓狂な声をあげる。
「なんて……ことだ…………こんなことが……!? 話はまた今度の機会、生きて帰れた時にでもするとしよう! ラドア君、今すぐこの水で村に戻りなさい!!」
……生きて帰れた時!? オーク先生の動揺からしてただことでないのは分かるが、一体何が、と聞く前に水をかけられてまた体がふわりと浮いた。
そして、着地。
ブルームセレナーデ 〜始まりの者達〜 @Madriax_Qaal
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