砂漠の女

ビービー『ハチバン。そっちの状況はどうだ』


「周りは砂ばかりで建物らしいものは見当たりません。」


『そうか、砂漠か。蜃気楼には気を付けるように』


俺が了解と伝えると、がなった電子音を鳴らして通信は途切れた。この惑星はわが母星、月を衛星としている星、名は地球というらしい。俺ら『文化回収員そうまとう』は、この水も生命の息吹も感じられない死の惑星から、遺っている文化を回収して、お国に還元するためにはるばるやってきた。


壁にもたれかかっている、『ハチバン』と刻印された特殊スーツを身に纏い、鋼で出来た重厚なコックピットを開放させ、砂漠の惑星に踏み入った。


ごうごうと風が音を立てて砂を吹き散らしている。ポリガーポーネートのヘルメットを砂芥が覆ってきて、視界が不明瞭になる。建物が全く無いせいで己の所在地が把握しにくい。


などと不毛な思考を巡らして探索しているうちに、本当に男は己の位置が分からなくなってきた。


一旦ロケットに戻ろう。そう振り返ると、数歩歩けば届くところに、俺のロケットがあった。


「は?」


身体の髄を侵食する絶対的な不信感。しかし俺のロケットはこの方向にあるはず。いや、本当に方角は正しいのか?特殊スーツ一枚だけで繰り出してしまった己の怠惰に殺意を覚えるも、どうしようもないからロケットに見えるそ・れ・に近付くことにした。


「はあ、何だよこれ」


永遠と歩いているような気がする。見てくれではただの数歩でたどり着きそうな距離にあるのに、ロケットとの距離が一生縮まらない。まるで網膜に刻み付けられている虚構を追いかけてるようだった。


幻影ー幻覚ー蜃気楼ー…。シンキロウ。


□□□□□には気を付けるように。何気ない先輩の注意が、ふと思考の隅を横切った。すると忽ちそのロケットは砂埃と共に、取り留めもない礫になってしまった。


超常現象に愚弄され、ヘルメットに反射する俺は悄然にまみれた顔をしていた。礫を踏み躙りながら俺のインスパイアにある皮肉な話が浮かんだんだ。とある隊員が意味不明なところで朽ち果てる妄想だ。


「はは、ははははは!」


不思議と笑いがこみあげて来た。だがその嗜虐心は蜃気楼のように淡く、すぐにその音節はため息になっていく。はあ、誰かに救助を要請しなくてはいけない。スーツの腕部分に埋め込まれたスマートウォッチを二回タップして仲間に緊急通信を行った。


ビービー『はい』


げ、雨宮か。昔の俺だったらランチに誘っていたくらい実直にアプローチしてたが、彼女に煙たがられてると知った今じゃ会話すら気まずい。しかし緊急通信は手暇が開いてる人間が無作為で受信するから仕方ないだろう、俺は毅然として己の状況を伝えた。


「こちらハチバン、A区30番49ブロックにあるロケットからはぐれてしまった。至急手助けを求む」


『了解。そのまま通信つなげてて、あとそこから動かないで』


「了解」


それから随分沈黙が固まっていった。やけに強く吹く風やそれに巻き込まれる砂の音が絶え間なく広がっている。雑音ばかりの世界がひたすらに苦しいと内心悶えながらも立ち尽くすことしかできない。


ここ迄歩いてきた疲労が蓄積してたのか腿が痺れて座り込もうとした頃、前方から雨宮の姿が見えた。彼女はこちらに手を振りながら近づいている。もう到着していたのか。俺は向かってくる彼女を迎合するよう歩み寄っていった。…おかしい、俺も雨宮もお互いを追いかけてるのに、全くかち合わない。驚異的な陽炎が距離感をおかしくしているのか?向かいにいる雨宮もとうとう不機嫌そうに走り出したから、こっちも応じることにした。走ってるうちに日も高く昇ってきて、自分の影法師も真下に出来上がってしまった頃、彼女の方が先に参ってしまい、なんとスーツを脱衣した。俺はその薄着の姿にセンセーショナルな苛立ちを感じた。


彼女のか細い上腕部が真っ白なシャツからすらりとなびいている、またシャツから主張激しく浮き出る黒色のスポーツブラは彼女の洗練された肉体の締まりを更に際立たせていてグラマラスだ。


こっちも疲弊で頭がどうかしてたから、このフラストレーションが彼女の躰を眺めてるうちに、比例関数的に増していた。


『ハチバン』


拍子無くやってきた彼女の怒気のこもった通信に動揺と虚で返答を逃した。スーツも来てないのに、彼女は今、どうやって通信しているんだ?必死に思考を回らせていると、或る答えに逢着した。


『どこにいますか』


ピッ


俺は無断で通信を遮断し、俺はスーツを脱衣した。そしてズボンを脱いで、陰茎を握る。


蜃気楼に気を付けろ。だって僕は、そういう人間なんだから。僕は、そういう人間なんだから。

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