三代目
彩霞
三代目
町の外れに、親子二代続く和菓子屋があった。
そこでは大福や
定番は粒あんの大福と、生地によもぎが練り込んでいるよもぎ大福。それに加えて季節ものの和菓子がある。
桜の咲く時期になると、みたらしやあんこなどのお団子を作り始め、端午の節句には柏餅を作り、夏になったら
その代わり年末になると正月用のお餅を準備をし、年が明け、早春になると季節限定の苺大福を用意し、またお団子を売り始める。
店は、特別繁盛していたわけではない。
だが、常連客がよく来てくれていて、長く続けられていた。お客はいつも「また買いにくるね」といって、嬉しそうに大福や饅頭を買って行ってくれる。
二代目の妻はその様子を
転機が訪れたのは、二代目の息子――つまり、三代目が店を継ぐとなったときのことである。店が洋菓子屋に変わることになったのだ。
三代目は、大福の作り方や饅頭の作り方を代々受け継ぐ「古い」やり方が気に喰わず、自ら道を切り開いて新しいことをやりたいと思っていた。そのため洋菓子学校に通い、東京の菓子店で修業を積み、そのノウハウで店を切り盛りしていきたいと考えていたのである。
一代目と二代目は、和菓子屋を続けてほしいと思った。姑も二代目の妻も、同じように願った。
だが、嫁——三代目の妻のこと——も「洋菓子屋なら夫を支えます」と言うし、時代が変わり無理強いをするわけにはいかないと、三代目の意見を承服した。
はじめのうちは少しずつ和菓子屋で三代目が作ったクッキーやマドレーヌ、パウンドケーキといった日持ちする焼き菓子を置くようになり、だんだんとそれを占める割合が多くなっていった。そうなると、和菓子屋の外観ではお客が混乱するだろうからと、リフォームされ洋菓子屋へと生まれ変わった。
ショーケースの中には、ショートケーキ、チョコレートケーキ、モンブラン、チーズケーキといったケーキはもちろん、プリンやシュークリーム、エクレア、ロールケーキ、シフォンケーキといったものがどんどん並ぶようになっていた。
夏になればかき氷を出すようになり、フルーツゼリー、コーヒーゼリーなどのゼリーも売るようになった。
クリスマスが近づけば、クリスマスケーキを作り、バレンタインデーが近づくと、チョコレートの商品を沢山増やした。
どんどん洋菓子の種類が増えていく中、店の一角では、一代目と二代目が作る和菓子をこつこつと売っていた。洋菓子が置かれているスペースからすると、十分の一もなかったが、意外なことに和菓子は一定して売れていた。
月日は流れ、一代目と姑が亡くなり、二代目が「先代もいなくなったのに俺だけ続けているわけにはいかない」と、三代目に全てを譲った。
そして、店に和菓子が置かれなくなった。
だが、店には依然として和菓子屋を知っている客が来店していた。ぐるりと店内を見渡し、「大福はないの?」「饅頭はどこに置いてありますか?」と質問してくる。
二代目の妻は店番をしながら「もう置かなくなったんです」と申し訳なさそうに言うと、客も残念そうに「そうなのね。おいしかったんだけどね……」と呟いた。
同じように嫁も「申し訳ありません。洋菓子屋ですから和菓子はないんです」と言って丁寧に対応した。ただ彼女は仕事を終えると、「どうして和菓子がほしいのかしら」「洋菓子のほうが見た目がカラフルできれいなのに」と不思議そうに首を傾げていた。
その様子を、二代目の妻は悲しそうに見つめた。
それから、一年経ったときのことだった。三代目夫妻は、深刻そうな顔をして帳簿を見つめていた。
前年から比べると、洋菓子の売り上げが急激に落ち込んだのだ。三代目夫妻は一年前から少しずつ廃棄するケーキの数が増えていたことには気づいていたため、試行錯誤して新しい商品を売り出してもみた。
だが一時的には売れる個数が増えても、結局減っていってしまう。だが、何故なのかは彼らにはまるで見当がつかなかった。
そのとき、二代目の妻がぽつりと言った。
「一年前と違うのは、和菓子を売らなくなったことね」
三代目はそれを聞いて、「そんな馬鹿なことはない」と思ったようだが、嫁はよくよく考えたのちに和菓子がないか聞いてきたお客がいることを思い出して、顔を青くした。三代目はそのことを妻から聞き、ただただ
二代目の妻は、三代目夫婦の「信じられない」といった様子の表情を、不思議な心地で眺めていた。
ここに来るお客は洋菓子店になっても変わらず、「和菓子」を買いにやって来る。客の様子をよく見ていれば気づけたことである。
ただし、よく悪くも、客は何も言わない。ここに和菓子を求めて買いに来る客は皆、「和菓子がない」と言っても何の不満も言わないのである。寂しそうな笑みを浮かべて、一言「残念ね」というだけだ。
世の中は、随分変わったようにみえる。それゆえに、自分が発言できる環境になったからと、誰もが意見を言っていると思っているらしい。三代目夫婦も、「客の意見は見えるものだ」と思っているのだろう。そうであるから、新作の洋菓子を作り続けていたに違いない。
だが、実際のところ多くの客は
しかし、そのことに気づける作り手と売り手も少なくなってしまった。
二代目の妻は、二人の丸まった背中をただ静かに見守っていた。
それから、三代目は二代目に教わって、大福と饅頭の作り方を学ぶことにした。そうするしか道が開けないなら、やるしかない。
二代目の手伝いもありながら、その二か月後再び大福と饅頭を店頭に置くようになった。
すると徐々に客が戻って来たのである。
二代目の妻は、店に入って大福や饅頭を求める人たちを見ながら、目を細めた。
それから一年経ったある日のことだった。
一人の若い女性客が和菓子が並んでいるところを熱心に見ていたので、三代目の妻が声をかけた。
「和菓子をお求めですか?」
「ええ。こちらの和菓子を子どものときから食べているので、懐かしくて」
「ありがとうございます」
すると、女性客は少し
何故なら彼女が手にした大福は全て、二代目が作ったものだったからである。
三代目の妻は思わず尋ねた。
「何故それを選んだのですか?」
女性客は小首を傾げながらも、笑みを浮かべながら「え? この大福がおいしそうに見えたからです」と言う。
「そうですか……」
「ええ」
彼女はうなずくとそれ以上のことは何も言わず、レジへ行って会計を済ませると、「また来ます」と言って軽い足取りで店を出て行った。
レジの対応をしていた二代目の妻は、ただただ客とは不思議なものだと思いながら、今日も和菓子を買っていく客を嬉しそうに眺めるのだった。
(完)
三代目 彩霞 @Pleiades_Yuri
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