第6話 八つ当たりは最低ですよね。

 馬たちはシンドレルに到着すると、疲労で倒れて動かなくなった。


 ハンプトンは御者台から飛び降りると、シンドレルを囲む兵士たちに向かって走っていた。




 アリスはそんなハンプトンを無視して、全体の景色を眺めていた。



「チッ、ガッチリと固めているのね。よく言う蟻の子一匹ってやつかしらね」



 流石にこれじゃ、隠れて侵入するってのは無理そうだった。


 こういう場合は隠し通路とかがあって、そこらなんて話も聞くけど、残念ながらアリスに十五生きてきて、一切そんな隠し通路の“か”の字すら聞いた事はなかった。



「まぁ、あっても使えるわけないか」



 街の誰かが、それこそ蟻の子一匹ですから、逃げ出す事は自分が、ひいてはスキルが許さないのだろうから。


 まぁ、すべては憶測でしかないのだけど。だからなにをするにしても、情報がなければ動けない。


 アリスはとりあえずハンプトンの後を追った。


 すれ違う兵士たちは、誰もがみな疲れたような、まるで生気を感じない目をして、シンドレルの高い壁を黙って見つめていた。


 こんなにも多くの人間が居るのにも関わらず、まったく音が溢れていなかった。話し声すらなく、誰かが身じろぎする時に出る鋼の擦れる音だけがアリスの耳に届く。


 いや、聞き覚えのある男の声が、その気味悪い静寂をぶち壊していた。



「……から、私の娘が中に……、だか…………です!」



 ハンプトンは周りとは明らかに違う格好をした兵士、隊長とか、兵士長? みたいな人だろか? いや区別とかつけるの面倒くさいから兵士Aでいいや。そのAの足にしがみついて、いや縋ってかな? まぁそんな感じで自分の娘の事を叫んでいた。


 表情がわかるくらいまで近づけば、兵士Aは明らかに迷惑そうに眉をひそめていた。それでも黙ってハンプトンの慟哭のような叫びを聞いていた。



「お願いです。娘を……助けてください。優しい子なんです。この街とは一切関係ないんです。だから……だから…………」



「申し訳ないが、アンタの思いにはなにも答えてやる事は出来ない。だから、黙って帰ってくれ」



 冷たく突き放す言葉に、それでもハンプトンは諦めずに言葉は吐く。



「大事な一人娘なんです! あの子は私の生き甲斐なんです! このまま帰るなんて出来るわけがない!」


 兵士Aが口を開く前に、この堂々巡りになるだろう無駄時間を潰すためアリスが割って入った。



「もしかしたら勘違いしてるかもですけど、別に探してくれとか言ってるわけじゃなく、自分たちで探すからシンドレルに入れてくれってだけの話なんですが?」



「チッ、冒険者か」



兵士Aはアリスをチラ見し、露骨に嫌悪を滲ませた声を出す。



「悪いがな、俺たちはシンドレルから誰も出すな、じゃなくて誰も出入りさせるなって命令を受けてるんだ。お前みたいな根無し草にはわからんだろうがな、俺たち兵士は命令が絶対なんだよ」



 吐き捨てるように言うと、兵士Aはハンプトンを突き飛ばす。受け身も取れず、ハンプトンは絶望の顔をして兵士Aを見上げるだけだった。



「わかったら帰れ! もう俺たちがこの胸糞悪い風景を眺めて一週間は経つんだ。どんな希望を持つのも勝手だがな、それを俺たちに向けるんじゃねぇよ」



 その兵士Aの言葉に、アリスは一つ納得がいった。


 完全な異色のアリスやハンプトンを誰もが見咎めたりする事をしなかったのは、スキルの影響というよりも、この任務対してのやる気が原因だろう。


 まぁ、普通の神経の持ち主なら、こんな任務に好き好んで参加するわけないか。


 それこそ命令だから、やっているのだろう。


 とはいえ、このまま引き下がるのはアリスとしてもうまくない。自分とあのシンドレルの中に用があるのだから。


「色んな食べ物を運んできたんです。それを食べている間だけ、見て見ぬふりをするってのは無理な話ですかね? 貴方たちはなにも気づかなった?」



 そのまま去ろうとする背中にアリスが問いかければ――あれはお腹を空かせている娘の為に、なんて言うハンプトンを互いに無視して――兵士Aは足を止めるが振り返る事はせず、


「こんなところでなにも食っても味はしねぇよ」


 兵士Aは疲れたため息を尽く。



「頼むから、これ以上俺たちの神経をすり減らさいでくれ」



 ハンプトンがその背中にそれでも追い縋ろうと手を伸ばす。



「ぎゃぁぁぁぁ!」



 その手は突如現れた兵士Bが振るう剣によって斬り飛ばされた。



「いい加減にしてくれよ! なんなんだよ、お前ら! やっと、やっと街が静かになって、このクソッタレの任務から解放させるかも知れないって時に、なにふざけた事を言ってるんだよ!」



 ハンプトンが斬られた腕を抑えて蹲る。


 兵士Bはそんな事は気にせず、ハンプトンを強く蹴る。なんども、なんども強く蹴る。



「知らねえんだよ! お前の娘なんて! もう死んでるんだよ! あれだけ壁の向こうから叫び声が聞こえてたんだ! 耳を塞いでも聞こえる叫びだったよ! でも、でももう聞こえないんだよ! みんな死んだんだよ! だから、だから、俺たちはもう帰るんだよ!」



 兵士Bは足を止めて、力なく呟いた。



「だから、帰してくれよ、家族のところに……こんな地獄じゃなくて、…………」



 兵士Aが、Bの肩に手を置き慰めるように頷くと、この場を二人して後にする。


 アリスはボロボロになったハンプトンに近づき、斬られた腕を自分の服を破いて応急処置をしながら、


「まるで自分たちは被害者だって言いたい口ぶりだったけど、止めてくれるかしら、この惨状を作り出したのは貴方たちで、完全な被害者は壁の向こうの住人たちでしょ。後居るとしたら、この人のように、その家族ってところかしね」


 そのアリスの言葉は、二人の足を止めるだけでなく、今まで無関心を貫いていた周りの兵士たちの感情すら逆なでしたらしく、殺気を込めて視線が四方から飛んできた。



 兵士Aは頭を搔く。力加減を間違えて、皮膚を抉り、血が吹きだすが気にせず搔く。



「小娘が、なにわかったような口を聞いてるんだよ」



「さぁ? わかったような口ってなにかしら? わからないから教えてくれます? 確かドラフトリアって徴兵制ではなく、志願ですよね? 自ら望んで兵になったのに、気が乗らない任務をやらせて、その八つ当たりで、可哀想な被害者の親に剣を向ける。これを正当化出来る理由ってのを、是非教えて欲しいものですね。この先の教訓にしたいですから」



 完全な挑発だった。



「餓鬼がああァァァァ!」


 だから兵士Bは我慢出来ずに、アリスに向かって剣を振るった。


 そんな兵士Bに見向きもせずに、ハンプトンの手当を続けた。


 アリスは不敵に笑う。


 剣がアリスに迫る。


 が、いきなり兵士Bは足をもつれさせて盛大に転んだ。


 受け身もとれず地面にぶつかり、剣を振る途中だったか事が災いして、兵士Bの首は丁度その刃の上に落ちた。


 盛大に転倒音と、地面に広がる赤い液体に周囲はまた静寂に包まれた。



「ふふ、ざまぁない無様な死に様ね」



 アリスはその兵士Bの死体を蹴飛ばし仰向けにすると、血の滴る剣を握った。



「私はシンドレルに用があるの。どうしてあの壁の中に言って、この目で見ないとならない、やらなきゃならない事があるの。


 だから、その私の邪魔をするなら……お前たちも復讐の対象だ」



 アリスは邪悪な笑み浮かべて、剣の振り、兵士Bの血を飛ばした。

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