第5話 性善説は鴨ねぎでしかない

 男は重たい口を開いた。



「実は、この作戦は完全に秘密裏に進められていたらしいのです。すべての事が起こって初めて私たちドラフトリアの住民たちに説明がなされたのです。


 とはいえ、説明されたのはシンドレルに賊が侵入して被害を受けたから兵を出兵させた。それだけだったのですが。


 私が詳しく本当の内容を知ってるのは軍に顔の聞く商売の仲間から聞いたからなのです。


 でも一歩遅かった」



「それで、そうとは知らず貴方の娘さんはシンドレルに仕事として行ってしまっていたと?」




 押し黙る男の変わりに、アリスティルが言葉を繋げば、男は黙って頷いた。


 ふむ、まぁどのタイミングでシンドレルに入ったかってのが重要になるんだろうど、私がこの街道をドラフトリアに向かって歩いている時に、荷馬車になんてすれ違わなかった。


 この街道は周辺の都市や街からドラフトリアに向かう為の物だ。道が別れたとしてもそれはドラフトリアから向かう時だけで、逆に向かうとするならある意味一方通行みたいな物になる。


 だから状況から考えて、この男の娘が生きているなんて事はあり得ないだろう。


 アリスティルは男を見る。


 ヒドく憔悴してるのが、手に取るように伝わってくる。


 だから悩む。


 私が知っている事を、どのタイミングで教えるべきか。


 男も半ば諦めてはいるのだろう。それでも自分の目で確かめるまではと、虚勢を張っているに違いない。


 今ここで、この事実を教えてしまえば簡単にとどめをさせるが、家族に捨てられた私のまえでキラキラするような家族愛を見せてきたのだ、この煮え湯を飲まされたような気分を払拭するには、そんな簡単に終わらしてはつまらない。



「貴方の気持ちはよく分かります。私もつい最近家族を亡くしたばかりなのです」



 悲痛を訴えるように、アリスティルは自分の足下に視線を落とす。



「貴方も、家族を?」



 男が顔を揚げてアリスティルを見た。


 その視線には、確かに自分と同じ痛みを分かち合う、そんな同情の色が強く含まれていた。


 アリスティルは(だからそう言ってるだろ、オウム返ししてくるなよ、面倒くさいな)とか思いながら、地面を這っている蟻を憂さ晴らしに――男にバレないよに――涙を隠すような仕草で振り返る事で踏み潰す。



「はい。仲の良い家族だったと自分では思っていたんですけどね。ある日突然、私の前からみんな居なくなってしまいました」



「そうですか、辛い思いなさったのですね」



「はい。もうあの楽しかった日々は二度と戻ってこないでしょう」



 アリスティルは勢いよく男の方を向き直すと、その両手を強く強く掴んだ。



「だからこそ! 貴方には諦めて欲しくないのです! また希望があるのなら、それ向かって進みましょう。神は信じて行動した者に奇跡を与えてくれるはずです! その為なら私も、微力ながらお手伝いさせてください!」



 真摯に男を見つめれば、アリスティルのその言葉に勇気でも貰ったのか、彼女の手を強く掴み直すと涙を流した。



「ありがとう。こんなところでお嬢さんに会えたのはきっと神の思し召しに違いない。あぁ、きっと娘は無事なはずだ」



「そうですよ。だから速く会いに行ってあげないとですよ。こんなところで休んでる場合じゃないです」



 二人は互いに頷くと、アリスティルは手を貸して男を立ち上がらせ、そのまま支えるように荷馬車に向かった。


 男を御者台に座らせて、アリスティルはその隣に腰を下ろすと手綱を掴んだ。



「この子たちにも無理をさせていたんです。走ってくれるだろうか?」



 男がそんな事を呟く。


 確かに意識が吹っ飛ぶまで荷馬車を走らせてたわけなんだがら、馬だって疲労でいっぱいだろう。



「大丈夫ですよ。きっとこの馬たちと貴方の気持ちを汲んで、全力でまだまだ走ってくれますよ」



 アリスティルは手綱で馬たちを叩き、荷馬車を走らせた。


 確かに男の言う事はもっともではあったが、自分のスキル『復讐ざまぁ』が本当にその名の通りの力を発揮する物だとしてら、絶対に間に合う自信があった。


 だって、ただ聞くだけでは溜飲は下がらない。この目で惨状を見て、悲鳴を聞いてこそ、私は心のそこから笑えるのだ。


 私のスキルなのだから、私の為に最高の演出をしてくれるのは当たり前である。


 風を切って走る荷馬車に、男は少し余裕が出来たのだろう、やっと自分の名前を告げてきた。



「そういえばまだ名乗っていませんでしたね。私は、ハンプトン・カルデモンドです。見ての通り、ドラフトリアで商業を生業としています」



「私はアリステ……」


 アリスティルは流れで名乗ろうとして、流石にスタンホォードなんて言えばシンドレルのスタンホォード家と簡単に関連がついてしまうのは容易に考えつく、そうなれば色々とややこしくなりそうだと考え直した。


 それでもアリスティル・スタンホォードであるという存在意義を他人のあれこれで揺るがされるのは気に食わないので、


「アリスです、アリス・ルーディ。職業はなんでしょうね? 今のところは無職でしょうか」


 適当に偽名を名乗った。



 アリスティル改めアリスの身の上を聞いている以上、ハンプトンは軽口のように名乗る彼女の言葉に表情を曇らせた。



「ドラフトリアには、仕事を探しに来たのですか?」



「はい。私は天涯孤独になってしまったので頼れる身内は誰もいません。ですから、大都市のドラフトリアでなにかしらの仕事につければと、まぁ最悪傭兵か冒険者って事も考えたはいるんですけどね」


 若い女性がその日暮らしの、まして自分の命を商品とする傭兵や冒険者につく事を、ハンプトン良しと思っていたなかった。


 ついで言えば、この境遇で出会えたアリスにハンプトンはこの短い時間でも親近感を覚えて締まっているから尚更だった。


 さらによくよく見れば、少女の格好は男物の服装である。ここまで来るのにどれだけの苦労をしたのかと、勝手に想像して同情を深めてしまった。



「そんな、傭兵や冒険者なんて危険な事はおやめなさい。きっと貴方の両親もそんな危険な仕事にはついてほしくないと思っていますよ」



 反吐が出そうな綺麗事に、アリスは頬が引き攣りそうになるのを無理やり笑顔を浮かべて誤魔化した。



「そうですよ。でも、なんの後ろ盾もない小娘が簡単に仕事にありつけるとしたら、そんな危険な物しかないと思うんですよ。あぁ、大丈夫ですよ。私こう見えて剣の腕はそれなりに有るんですよ。幼い頃から練習はしていましたから」



 でも実戦の経験はないんですけどね、そう笑うアリスを、ハンプトンは見ていられなくなって顔をそらしてしまった。


 流れる景色を見ながら、ハンプトンが絞り出す声で言う。



「もし、この件が無事に済んだら、家で働きませんか? こんなにも迷惑をかけてしまった償いがしたいのです」



 こっちを向かいハンプトンを、アリスは完全な無表情で見つめた。



「それは、私にとってもありがとう話です。なら、尚の事娘さんをちゃんと助けなきゃですね」



 能面のような表情は違い、アリスの口から吐き出せれる言葉は、どこかに嬉しそうな音色を秘めていた。


 アリスはハンプトンから視線を外して、この男が娘と対面した時どんな顔を、感情を出すのか、それを早く見たいと夢想する。


 我慢出来ず、アリスは馬を手綱で強く叩いて荷馬車のスピードをあげた。


 自然と口角が上がっていくのを止められなかったが、未だにハンプトンは感慨にふけるように空を眺めている。


 だからアリスは遠慮なく小さく笑った。


 風がすべてかき消して、通り過ぎていく。


 シンドレルはまだ遠い。

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