14.収穫祭(2)

 ***


 ――私が魔導書を見つけられなければ、実質詰みか。

 アルブスは緊張感の漂う面持ちで教会付近の調査を行っていた。グレンはああ言っていたが、恐らく魔導書を中央にまで運搬されれば終了だ。村人の数はそんなに多くないとはいえ、こちらの人数も3人。数で押さえつけられ、そのまま収穫物として神に捧げられかねない。


 魔導書の運搬経路について考えを巡らせてみる。

 最初は教会関係者が魔導書を持ち出すだろう。この後、そのまま中央へ持ち運ぶのか村長に一度渡すのか――だからその間に真白を立たせた訳である。

 後者の方が魔導書を奪い取るチャンスが多くなるが、果たしてどうだろうか。

 ただおよそ真白の手腕は信用に値しない。彼女が自身で言った通り、たまに取り返しのつかない致命的なミスを引き起こす不幸に見舞われるからだ。まるでそれがお約束かのように。

 だから真白に仕事の中核を担わせる前に処理したい。


 改めて周辺を見回す。

 祭りの準備に駆り出されているのだろう。人の姿は限りなく少ない。その視線を搔い潜って教会内にまで足を踏み入れられそうな程に。

 ――中へ入ってみるか? あとはもう逃げ出すだけなのだから、多少の騒ぎなら起こしても問題はない。


「……」


 もう一度周囲を見回す。

 誰もアルブスに視線など向けていないのを確認――踵を返し、自然にするりと教会内へと入り込んだ。

 中へ入ると同時、入れ違いでアルブスに気付かなかったのだろう。シスターが奥へ引っ込んでいくのが見えた。このタイミングで裏へ回るのならば、魔導書を持ってまた出て来る可能性がある。ドアの所にでも隠れて――


「……は?」


 隠れられる場所を探していたアルブスの視界にとんでもない物が映り込む。

 ――探している魔導書が、教壇にぽんと放置されていたのだ。

 無造作に置かれたそれに一瞬だけ思考が止まる。まさか何かの罠だろうか? レプリカだとか偽物?

 見過ごすには利が勝過ぎている。それが対象の書物であるのかを確認しない訳にもいかず、顔を引き攣らせながらもそうっとブツへと近づいた。

 ――今の所、特に何も起きない。

 魔導書を覗き込む。

 ――何も起きない。

 表紙の文字が全く読めない謎の文字であると確認。試しに数ページ捲ってみる。

 ――やはり何も起きない。


「ま、まさか……こんな幸運が……!?」


 ポンコツはスケープゴートも村も変わらなかったらしい。中身は間違いなく謎の言語で書かれた書物、即ち魔導書だ。後はこれを持ってトンズラすれば仕事終了である。

 だがそんな思わぬラッキーが何分も続くわけがない。

 がたん、という慌ててどこかに身体をぶつけたような音で振り返る。


「た、た、旅の人? どうされましたか……?」


 村の男性だ。その視線はアルブスが抱える魔導書に釘付けである。大声で叫ばれなかったのは不幸中の幸いと言えるだろう。

 一応は穏便に済ませる――というか、大暴れして人を呼ばれないようにする為、アルブスの唇は嘘八百を吐き出した。


「教会を見に来たのだが、机の上に本が放置されていたから何かと思っただけだ」

「そうでしたか……。えぇっと、その書物は収穫祭で使用しますので戻していただけると……ははは……」

「うむ。勝手に触った悪かったな。ほら、返そう」

「あ、では俺が元の場所へ戻して――」


 机に置けと言われれば一度そうするつもりだったが、魔導書を差し出す素振りを見せれば男がノコノコと近づいてきた。


「――!?」


 近づいて来たので気付く。この男――片手に何か持っていると思ったら鉈を持っていたのだ。並んでいる机と椅子で見えなかったが木製の取っ手のような物は鉈の柄である。

 自分で呼んでおいて悪いが、鉈など振り回されればナイフ1本で応戦など不可能。

 相手に動かれるより先に、鉈を持った腕を殴りつけた。


「いっ!?」

「もう既に武装しているとはな……」


 大声を上げそうになった男の口を手で塞ぎ、怯んだ所で首元を締め上げる。力が強く、趣味で筋トレも体術指南も受けているアルブスは成人男性を簡単に締め落とした。力が抜けた身体を雑に放り捨て、急いで教会の外を目指す。


「魔導書が! リーダーさん、魔導書が無くなっています!」


 悲鳴のような女性の声が耳朶を打つ。背後から聞こえたので、シスターが戻って来たのだろう。首を動かして背後の状況を確認。

 予想通りシスターと、グレンから注意喚起されていた武装した村人が一人。リーダーなどと呼ばれていたので警備員のまとめ役なのかもしれない。

 ――どうする? こいつらも伸してから出るべきか? しかし、少し騒ぎ過ぎだ。今の悲鳴で他にも人間がやって来るかもしれない。

 結論、無視して逃走。

 相手は銃器を持っており、既にそれなりに距離がある。ここから反転してこちらから襲い掛かってもロングレンジ武器である銃の餌食になるだけだ。こちらはほぼ徒手空拳なのだから。


「そこのお前、待て! おい、そいつが持ってるぞ!」


 すぐに気付かれて警備員が大きな声を発した。外にも響く程の大声だ。

 間髪を入れず銃声。これは走るアルブスを捉えられず、床に小さな穴を空けたのみに留まる。腕はそんなに良くないだろうが、何度も発砲されればどこに当たってもおかしくはない。

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何でも屋「スケープゴート」をどうぞご贔屓に! ねんねこ @tenro44

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