06.午前の探索(1)

 村長を見送った村人が、ややあって民宿を指さす。


「ささ、こちらですよ。民宿の主人は細かい事を気にしないので、村長と違って話は長くないですから」


 民宿の1階は申し訳程度の土産――これは町で売っていたものと同じだ――や、DIYでお手軽に作成したと思わしきカウンター、そしてそこで新聞を広げている愛想のないオヤジという実にローカルな空間だ。一瞬、実家へ帰って来たかと錯覚した程である。

 外で騒いでいたのが聞こえていたのか、最早こちらから何かを要求する前に民宿の主人が口を開いた。


「3人宿泊ね。……今は使える部屋が2部屋しかないから、誰か相部屋でも問題ないか?」


 一瞬の逡巡の後、グレンはにこやかに頷いた。


「ええ、2部屋でお願いします」

「あいよ。部屋割りは? あー……」


 主人はこちらの関係性を測りかねているようだ。が、そういったのは想定済み。グレンが滑らかに大嘘――とも言えないストーリーを口にした。


「ああ、こちらは同僚なので女性1部屋、男性1部屋で割ります」

「ああ、そうかい。ならそうしよう。備品の準備が楽で助かる。清掃の関係で入れない部屋があるから、一度貸し出せる部屋まで案内するよ」


 そう言って、民宿の主人は座っていた丸椅子から立ち上がった。


 彼に連れられ、2階へと移動する。今の所、民宿の間取りはそうおかしな点はない。

 清掃中の看板が下げられた、入室禁止の部屋が1つ。隣の部屋がやや広めのグレン達が使用する部屋、その隣が真白の部屋となった。

 主人との別れ際、滑り込むようにグレンが訊ねる。その指先は清掃中の看板に向けられていた。


「何かあったのですか?」

「……あー。いや、前の客が少し粗相をね。クローゼットとか姿見を割っちまって、足の踏み場もない状況なんだ」

「前の客――いつ頃来られました? 私達の同僚かもしれません……」

「そうなのかい? 来たのはもう3ヵ月くらい前かな。人が来ないと思って片付け始めるのが億劫でね」

「そうでしたか。ええ、ではうちの同僚では無さそうです。危ない方もいらっしゃるのですね」

「ああ、まったくだよ。本当。あんまり汚さないように使ってくれるとありがたいね」

「はい。お任せ下さい」


 肩を竦めた民宿の主人はそのまま横を通って1階へと下りて行った。

 それを途端に冷徹な目で見送ったグレンが小声でぼそりと指示を飛ばす。


「真白、荷物を置いたら部屋に来い。打ち合わせをする」

「はーい」


 ***


 数分後、グレン&アルブス使用の部屋に再集合した。

 真白自身の部屋もそうだし、この部屋にも異常性は見られない。一般的なフローリングの部屋である。

 口火を切ったのはずっと沈黙を貫いていたアルブスだ。


「この村、人口はこの規模の村よりも随分と少なそうだな。にも拘わらず、小綺麗な教会が建っているのが見えた。かなりキナ臭いな」

「そうだな。そうだが――ここが普通の村ではない、ともまだ判断は出来ない」


 面倒臭くなってきた真白はここで強行突破案を口にした。


「もういっそ、魔導書が欲しいって言って回ったらどうですか? 普通の村に見えますし……その方が手っ取り早いんじゃ」

「普通の村だとも判断できぬ、と言っていただろうが。何を聞いているんだ貴様……。しかも行った者が戻って来ないというトラブルは現実問題として起きている。限りなく黒に近いグレーが現状だろうよ」


 早計だな、とグレンもまた肩を竦める。若干呆れ気味だ。


「安全性を確認できたのならそれでもいいかもしれないが、そんな物を探していると言って回れば対象物を隠される可能性もある。お利巧な作戦とは言えない。

 まずは魔導書は個人所有ではなく、村単位で所有していると考えてありそうな場所をそれとなく調べてみるのがセオリーだろうな」

「分かりました。どこを調べますか?」


 まずは、とアルブスが外へと視線をやり、腕を組んだ。


「教会だろうな。村で管理しているのならば、魔導書なぞそこに保管されていて何らおかしくはない」

「当然だ。あとはこの民宿……主に隣の清掃中の部屋。そして村内での聞き込みも同時並行的に進めたい。結局のところ、人間に話を聞き出すのが最も重要だからな。さて、丁度3カ所ピックアップしたぞ。手分けをしようか」


 はいはーい、と真白は手を挙げた。

 こういうのは早い者勝ちなのである。胡乱げな2つの視線が突き刺さるのを無視し、意見を述べた。


「私は教会を見に行きます。普通の教会ならシスターがいますよね? 私、仲良くなれるかもしれないですし」

「了解。なら任せよう」


 では、とアルブスが横の部屋を指さす。


「清掃している部屋は私が調べるとしよう。見咎められれば住人が襲ってくるかもしれないからな。格闘技能を持っている私が適任だ」

「お前は聞き込みをしたくないだけだろう。まあ、この面子なら俺が外回りか……」


 アルブスは宿から出たくない魂胆が丸見えだ。ついでに知らない他人にも話し掛けたくなさそうなので、こうなるのは火を見るよりも明らか。だから教会と言う無難な行き先を最初に獲得する必要があった訳である。


「昼に一旦集合して情報を共有するぞ。解散」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る