第3話 ピノキオⅣ

 僕の鼻は無限に伸び続け、お母さんが延々とそれを切り落とし続ける。

 僕にできることはなにもない。ただ間違い続ける僕の鼻を眺めていることしかできない。

 

 窓の外から悪い狐と悪い猫がこちらをのぞき込み、意地の悪い顔で笑っている。

 僕は嫌な気分になりながらも彼らから目を離せなかった。

 お母さんの持つ刃物が僕の鼻を逸れ頬にあたる。驚くほど切れ味のいいそれは、僕の顔を軽くえぐり、傷ついた部分は炎のように熱く傷んだ。

 え、と声が漏れる。

 お母さんが笑っていた。窓の外の狐と猫のような表情をしながら、嬉々として刃物をふるうお母さんに、僕は初めて恐怖と怒りを覚えた。

 刃物は頬のほかに手や足にもあたり、あたったところからズキズキと痛み出す。

 でも本当はもっと前から、夢の中でお母さんに切りつけられるよりもずっとずっと前から痛かったような気もする。


 僕は思いっきりお母さんを突き飛ばした。

 途端に、切り落とされることのなくなった鼻が窓へ向かって一直線に伸び、外にいた悪者を突き飛ばした。

 鼻は伸び続け、お母さんが悲鳴を上げ、僕は伸びた鼻の重みで潰れてしまう。



 息も絶え絶えに布団から飛び起きると、すでに空は夕暮れになっていた。

 頭がぐらぐらする。朝よりもずっとひどくなっているような気がした。


 僕の好きな色は青。

 そうお母さんが言ったから。

 でも、と、水色かかった青いランドセルを布団から眺めて思い出す。 

 僕は本当は赤い色が好きで、だからランドセルも赤い色が欲しかったのではなかったか。

 お母さんは、そんなのは女の子の色だ、そんな色が好きなのはおかしい、と言って青いランドセルを買った。ついでのように、その時僕が好きになるべき色も青に決定した。


 僕の好きなものはボイルしたウインナー。

 それは、焼いたウインナーが好きと言うとお母さんが不機嫌になってしまうから。私がせっかく手間暇かけて作ってあげたのに、恩を仇で返す嫌な子、と。


 僕の得意教科は理科で、好きな女の子のタイプはおとなしい子。

 確かに僕は理科が好きだ。でも僕が好きなのは動物で、お母さんの言う理科は化学や人体の方のこと。そのどちらも僕は得意ではないし、なんなら音楽の方が得意なくらいだ。

 好きな女の子に至っては、まだそんなの興味すら持てていない。


 僕の将来の夢は医者か弁護士か学者。

 お母さんはなんて言っていたか。そうすれば私の将来は安泰なんだから、頑張らなくてはダメだよ、と言っていたのではないか。


 どうして僕は今まで気が付かなかったんだろう。

 どうして僕は今気が付いてしまったんだろう。


 重い体でふらふらと玄関へ向かう。

 この家にいたくなかった。お母さんもお父さんも、まだしばらくは帰ってこない。今のうちにどこかへ行ってしまいたいと思った。


 靴を履いて玄関のドアを開けた拍子に、ドリーというアルビノの子のことが思い浮かんだ。勉強ばかりしてろくに友達のいない僕が、唯一まともに喋れたのがあの子だ。


 ただただ、あの子に会いたい。

 そう思った。

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