第2話 源氏物語Ⅱ

「……で、重要なのがここ、ここからなの!

 いい? ヒゲソリーナとマルガリータはずっとそんな雰囲気なかったわけ。ほらここ、第四巻のこのシーン、激闘中に負傷していったん退却して隠れてるときのここ、ちょっといい感じっぽく見えるでしょ? でも違うんだよ、これはまったくもって恋愛とか恋心芽生えちゃいましたとかのシーンじゃない、それどころか二人が男女の関係になんて一切発展せず、ただひたすらに純粋な戦友だってのを表現しててね、それからこっちの巻のこのシーンだとね、」

「……マジでうるせーんだけど?」


 兄貴が辛気臭さと苛立ちとますます濃くなっている目の下のクマを携えて、ぬぼーっと私の部屋をのぞき込んでくる。

「ちょっ、ノックくらいしろよ。ここ乙女の部屋なんだけど?」

「乙女が興奮しながら早口大声でオタ話してんじゃねえよ、うるせーんだよ」

「私が私の部屋で何してよーと私の勝手だし、乙女にだってオタ話くらいさせろよ」

「声を落とせっつってんだよ、お前の声がガンガン響いて頭痛いんだよ」

 兄貴は本当に具合が悪いのだろう、眉間にしわが寄っている。

 私はちょっとだけ悪かったかな、と思ったけれど、楽しい時間を邪魔されたという腹立ちもあり素直に謝る気になれない。

「……じゃあ、ちゃんと寝れば?」

 だから、謝る代わりにそんな憎まれ口をたたいてみる。

 たぶん寝れない理由があるんだろーなーとは思うのだけれど、それにしたって、兄貴は最近本当に寝てなさすぎる。これでも一応、心配してなくなくもなくなくないのだ。

「……」

 いつもだったらうっせーとか言い返してくる兄貴が、黙ったまま顔色を変えた。

 え、そんなにまずいこと言ったか、と内心焦りかけたけれど、兄貴の目線がどうもおかしい。私を見ていないというか。何見てるのかと首を動かすと、そこには『読書卵』がある。


「それ、どうした?」

 震える声で兄貴が言った。

「あ、いや、なんかご自由にどうぞってあったから、もらってきたんだけど」

「それはダメだ」

「は? ダメって何が」

「いいから捨ててこい!」

 声を荒げ、その自分の声で頭痛がしたのか、うっと頭を押さえながら部屋を出ていく。

 ふざけんなよとか小声でぶつぶつ言っているのが聞こえたけれど、いやほんとそれ私のセリフっすね。ふざけんなよ。なんなんだよ、一体。


「あー、まあ静かにしてましょーかね」

 言いたいことはあらかた伝えたし。

 私は『読書卵』のつるりとした表面を撫でる。

 頼んだぞ、卵君。

 ぜひとも私に推したちの素晴らしい活躍の夢をみさせてくれたまえ。

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