第1話 赤い蝋燭と人魚Ⅲ
変な奴だった。
絵本が好きで、当時小学生とはいえ中学年になってもまだ絵本離れせず、どこへ行くにも必ず一冊絵本を持ち歩くような、そんな変な奴だった。
これが特にお気に入りでね、と女子同士で話しているのをたまたま耳にしたことがある。
「人魚が赤い蝋燭を作って、人間の親に孝行してあげるんだけど、欲を出した親が悪いことをして全部台無しになっちゃうの」
さすが絵本、支離滅裂すぎてわけわかんねー。
俺はすぐに興味をなくして、女子たちの話を聞くのをやめた。
当時も今も、これっぽっちの面白味も感じないその絵本の魅力が、まったくわからない。
だが、俺にはわからなくとも、それに魅力を感じ、金を払うやつが世の中には一定数いるということを、俺は当時からなんとなく知っていた。
金に困っていたわけじゃない。
お小遣いはもらっていたし、言えば追加でもらうことができた。
欲しいものだって、言えば何でもというわけではないが、ある程度までは買ってくれる。
じゃあなぜ、わざわざ彼女の絵本を盗んで売り払ったのかといえば、たぶんお金云々よりも単純に目障りだったんだと思う。
最初の一冊を盗んだ時、彼女は反応しなかった。どこかに置き忘れたか、家に置きっぱなしで学校に持ってこなかったか、そんなふうに自己完結したんだろう。
でも、二冊三冊となくしていくと、さすがに落ち込み始めた。
それでもまだ、盗まれているだなんて思っていなかったのだろう。
ある日彼女は、『お気に入り』の一冊を持ってきた。
良心の呵責は無かった。むしろ、これがなくなれば、ようやく彼女も目障りな行動をしなくなるだろうとさえ思っていたくらいだった。
俺はいつものように人目を盗んで彼女の絵本を盗んだ。そして、必死になって絵本を探す彼女を横目に絵本を持ち帰り、少し遠くにある古本屋に売り払った。
罪悪感は無かった。むしろ、何事かをやり遂げたという達成感があったくらいだ。
これに懲りたら、絵本なんてバカみたいなもの、学校に持ってくんなよ。
心の中で彼女に語り掛ける。
しかし、俺の目論見が外れたことを、その翌日の学校で知ることとなった。
彼女が死んだ。
必死で絵本を探すあまり、窓の外側というあるはずのない場所にまで捜索範囲を広げ、不注意から落下したそうだ。
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