第1話 赤い蝋燭と人魚Ⅱ

 ゆうらりと、小さな風に橙が身をくねらせる。

 蠟燭の微かな灯が揺れるたび、少女の顔が闇から浮かび上がったり沈んだりしている。


 俺は知らずに口角が上がっていた。

 夜目がきくのか、暗闇の中でもせっせと手を動かす少女の周りには、完成した赤い模様の蝋燭が散らばっていた。

 これは、良い値で売れるぞ。

 内心ほくそ笑みながら、俺は少女に声をかける。

 

 調子はどうだ。


 ええ、おかげさまで。


 無理はするなよ。


 ええ、お気遣いありがとうございます。


 言葉を交わしている間にも、赤い蝋燭は次々と——。




「おい、どうした?」

 ハッとして顔を上げると、隣の席で先輩が、訝しげに俺をのぞき込んでいる。

 教壇では教授がホワイトボードにペンを走らせながら経済学に関する講義を続けていた。

「いえ……」

「顔色悪いな。なんだ、寝不足か?」

「まあ、そんなところです」

 夢見の悪い日が続いていた。

 あの卵を頂戴した日からだった。

 

 フリマアプリで売り払う予定だった大量の卵もどきだったが、写真を撮ろうとすればなぜかスマホが誤作動してカメラのアプリが起動しない。仕方がないのでそれっぽいフリー素材画像で誤魔化しつつ商品ページをアップしようとすると、今度は何度試みてもエラーになってしまい、全然商品を販売することができない。

 数日トライ&エラーを繰り返しているのだが、一向に事態が改善することはなく、イライラが募っていた。

 おまけにあの、訳のわからない夢だ。

 確かにあの蝋燭は高く売れそうだ。金が欲しいという俺の願望から生まれた夢だというならわからんでもない。だが、なぜよりにもよってあいつが蝋燭を描いている?


「……うざってえ」

 思わず漏れた愚痴に反応して、先輩がこちらに視線をよこす。

 俺は何でもないですと言い、今度こそ講義に集中した。

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