勇者さまは王の城でブランディッシュ!

渡貫とゐち

第1話



「――がっはっはっ! うめぇ酒だぜ、おらっ、もっと肉を持ってこぉい!! こっちは選ばれし勇者なんだぜぇ!?!?」



 見た目も言動も荒々しい山賊だった。

 獣の皮を羽織り黒髪が逆立った筋肉質の男。


 言い方は悪いが、勇者に敗れるような男に見えるが……実際、彼が勇者なのだ。


 手の甲の青く輝く紋章が証拠だ。あれは確かに、代々伝わる勇者の証――


 世界でたったひとりの。

 代わりがいない救世主。


 それがまさか、無法者の手に渡ってしまうとは――



「…………」


 王国の姫様。

 ルビー色の少女は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。


 無理もない、王の城には似合わない男が目の前で豪遊しているのだから。

 誰の金だと思っている。


 毎晩毎晩、酒だ、肉だ、女だ、無茶ぶりだらけのパーティだ。

 全ては、国王が仕切っていることだ。ゆえに、奉仕をさせられている女性たちは断れない。誰もが嫌とは言えなかったのだ。だって……、相手は勇者である。


 救世主を蔑ろにはできなかった。


 そんな勇者は――、しかし、魔王を倒す旅へ、一向に出ようとしなかった。


 元は山賊である、こんな生活がしたかった願望もあるだろう。憧れだったのかもしれない……今の生活を存分に謳歌するつもりか?



「っ、この……っ、いい気になって……っ!」


「お姫さん、肉がまだ足りねえが?」


「ッ。は、はーい……、すぐに用意しますね、勇者さま……っ!」


 勇者と認めず蛮族を倒そうとする兵士もいたが、しかし返り討ちだ。

 性格は最悪。傍若無人の、言いようによっては犯罪者とも言えるが……、勇者である。


 実力はしっかりと備わっていた。


 姫が国王に進言した。

 みなまで言うな、と言われることは百も承知で。

 ……言わなければいけなかったのだ。


「あんなの勇者じゃないです! 父上、考え直してください……あんなヤツに頼ることなんかありませんよ!!」


「……しかしなあ、勇者は、彼なんだ。彼に頼まなければ、魔王が世界を滅ぼすであろう……。彼をもてなし、旅立ってもらわなければ世界が終わってしまう」


「世界が終わる前に国が終わります! このままでは搾取されるだけされますよ!? あいつは、世界を救う気なんかないんですから!!」


「しかし、だ、あの紋章がある以上、選ばれた理由があるはずなんだが……」


 でなければ手の甲に紋章が出るはずもない。


 紋章があるから――

 世界は、国は、国王は。


 彼に、頼るしかないのだった。



 潤沢にあった資金は全て豪遊に使われてしまった。そろそろ、国の資金だってカツカツになってくる頃だ。あれだけあったのに……、あの山賊が数百人にもなる仲間を呼ばなければ、こんなことにはならなかったのに……!


 国は、既に山賊に支配されているようなものだった。


「どうして、あんなヤツに……ッ」


 神が選んだ勇者である。

 紋章が、その証拠だった。


「…………ほんとうに、あいつが勇者なの……?」


 それは、そう信じたかった彼女の願いだった。





「姫様!」


 深夜。無礼な時間帯ではあるが、姫自身が指示したことである。

 そのため、駆け込んできた兵士には遠慮がなかった。


「なにか分かったの?」

「はい。森の奥で、生体反応がありました。……人間です」


 森の奥。

 野生生物とも、魔物とも違う反応――人間。


 生きた人間が、森の奥にいるなんて――



「出発するわ」


 兵士を引き連れ、森の奥へ向かう。


 星明かりだけを頼りに、深夜にしては明るい森の中を進むと……あった。

 不自然に置かれた巨大な岩だった。

 この下から、生体反応があったらしい。


 地面に薄っすらと浮き出ているのは……見覚えがあるマークだった。

 やや擦れて、消えてしまっているが……、

 薄くなっていても、人の壁で影を作れば分かりやすい。


 紋章……か?


 ――勇者の紋章が、まるで地中から空へ向けて放ったように浮き出ている。


「これ、って……」


「姫様、あの山賊は偽物の勇者ですよ!」

「え……?」


 期待していたことではあるが、いざ言われると戸惑いが勝る。

 そんな姫様の動揺に気づかず、兵士が岩の下を指差し、


「この下に、生埋めになっているのが本物の勇者です」


「まさか……、っ、いえ、すぐにでも救出をしなければ!!」


 だが、兵士たちは首を左右に振った。

 姫様が詰め寄る前に、地中から声が届く。


「――しくったんだよ、お姫様」


「……勇者さま、ですか……?」


「ああ、なのに、眠らされて、生埋めにされたんだ……こうなったらもうどうしようもない。力が目覚める前に飢えてしまってはもうなす術がないんだ。勇者と言えど、俺も人間だからな――」


 腹が減っては戦はできぬ、だ。

 空腹を越えた勇者は衰弱してしまっていた。


「だから……お姫様、あなたに譲るよ」

「譲る? ……なにを、ですか……」


「このまま俺が持っていてもどうしようもないものだ。持っていることで、世界を危機に陥れてしまう……だったら、早々に渡すべきなんだ。

 ……勇者の頑丈さがここでは仇になってるな。衰弱しただけでは簡単に死ねない体だ。だけど、俺自身の力であれば、勇者の頑丈さは機能しない。勇者が持つ矛と盾では、盾が脆いんだ」


 ゆえに、矛盾は生じないのだ。


「俺自身で、終わらせる」


 つまり自決を選ぶ、と勇者が言ったのだ。

 一世代にひとり。死んだ勇者の紋章は、さて、誰に移動するのか。


「俺はあなたを選ぶ。だから、次に世界を救うのは、あなたなんだ、姫様」


「ちょ、ちょっと待ってください、勇者さま――」


 地中、奥深くの空洞から響く、倒れた音。

 同時に、魔力感知による生体反応が消えた。


 薄く光った青い紋章。

 地面に映っていたそれが小さくなっていき、飛ぶ。


 姫様の目前に飛んできた青い光の塊は、姫様の胸に落ちた。


 彼女の胸に、勇者の証が刻まれる――



「私、が……勇者ですって……っ!?」


「姫様!!」


 勇者の重責。

 もちろん、荷が重いが、だが、これでも姫である。

 国を抱えるプレッシャーには慣れている。


 だから、


 覚悟を決めるまでは、早かった。


「――ええ、受け取りました。今から私が、勇者です」





 その足で、姫様もとい――勇者は、豪遊中の山賊の元へ足を運んだ。


 扉を開けて入ってきた姫に、山賊たちは警戒しなかったが、ひとりの男だけは違った。

 見た目に差はないが、本能的に悟ったのだろう……なにかが違うのだと。

 そして、彼は見つけたのだ。


「姫さん? ……なあ、おい、てめえのその胸に紋章、そりゃなんだ……?」


「あなたが欲しかったものでしょう?」


 身体能力が上がっていた。

 姫の威圧に思わず飛びかかってしまった周囲の山賊たち。男たちの頭部を蹴り抜くのは、姫様だ。長い足を使った、女性でも戦える腕力ではなく脚力で、山賊たちをなぎ倒していく。

 ……勇者となった今の彼女なら、男に力で負けることはないのだが。


 かつ、かつ、と足音を立てながら、山賊の、そのリーダーの元へ。


 偽物の勇者を、睨みつける。

 呆然とする彼の顔面に、回し蹴りをお見舞いした。


 瞬間、咄嗟の判断で腕で防がれたが、姫様はその腕ごと彼の体を吹き飛ばす。

 これが勇者の力だ。


「ガッ!?」


 料理、テーブル、椅子を巻き込みながら。

 額から血を流す男が姫様を睨みつける。


「あなたはもういらないの。私が勇者なのだもの……だから、もう終わり。勇者ごっこはもうお終いね。あなたのわがままに、これ以上は付き合ってあげられないの」


 スパンッ、と。

 彼女の手刀が、男の腕をぶった斬った。


 紋章が書き込まれた肘から先が、どす、と落ちる。


 その紋章はややインクが落ちていて……どうして分からなかったのだろう……完全な偽物である。こんな男を、祭り上げていたのか……?


 頭が痛くなるような凡ミスだった。


「あぎゃああああああああああああああああああッッ!?」


「世界を救う気がない、勇者の末路とはこのことね」


 偽物ではあったが、本物であってもこうなるだろう。

 みずからの役目を放棄すればこうなる。


 こうなることを、胸に深く刻み込んでおく。



 悲鳴を上げ、最後に足掻いて、逃げようと企んだ偽勇者。


 だが、どんな姑息な手も、勇者には通用しなかった。


「ッ、んだと!?」


「私は勇者よ? 毒なんか効くわけないでしょう?」


 軽く、だった。勇者の掌底が男に顎に突き刺さる。

 それだけで、男は泡を噴いて倒れた。


 静寂。隅っこで丸く縮こまっていた女性たちが、そろり、と顔を覗かせた。


「もう大丈夫」


「姫、さま……っ」


「もう大丈夫だから」


 こうして、国は山賊の支配から逃れられたのだ。



 ――その後、なりゆきとは言え、正式に勇者となった姫様は、魔王の旅に出るしかなかった。

 選んだ数人の兵士を連れ、旅に出る――


 豪遊で使われてしまい、今は国にお金もない。

 潤沢とは言えなかった資金だが、まあなんとかなるだろう、の精神で、姫様は国を出る。


 さあ、勇者の旅が始まるのだ。



「いくわよ、あなたたち」


『――はっ、仰せのままに!』





 そして、物陰から。


 樹木の影に同化しているかのように身を隠す、ひとりの人間だった。


「……あのお姫様は攫えないか……うーん、じゃあ別の国からにしないと無理そうかもなあ。人質ってのは、弱くないと意味がない」


 ――魔王の部下である。


 新たな勇者の誕生と同時、一国の姫を攫うという任務も失敗に終わった。


 だが、世界に国などごまんとある。


 お姫様は、ひとりしかいないわけではないのだから……





 ・・・ THE END?

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