第011話 隊列
「同志諸君! 我々の旅路は最初の困難を迎えようとしている!」
城門まで芝生に挟まれた大路で、リーネの大声が聞こえてきた。送迎用の絢爛な馬車の屋根に乗って、三百騎の騎士の隊列に向かって演説を行なっている。
この騎士たちは勇者一行に同行する部隊だろう
騎士たちは二種類に分けられていて、銀色の甲冑が王宮騎士団、金色の甲冑は聖堂騎士団だ。聖堂騎士はフレーデル教を守るために存在する特殊な部隊で、騎士の中でも優秀な人が選ばれる。
エルフィが大司教という立場だから、聖堂騎士が同行するんだろう。比率としては九割が王宮騎士で、聖堂騎士は三十名ほどだ。
「幼気な少年が迷子になって、悲しんでいる! 世界を救う勇者として、見過ごす訳にはいかない! この少年の家族を全力で探すんだ!」
「お前は勇者じゃないだろう」とツッコミを入れたくなった時、本物の勇者が隣の馬車の屋根に立った。
「彼は記憶の一部を失っていて、出身も両親の名前もわからない! 少年の名前はヴェルク・シュビット! この名前だけが唯一の手掛かりだ! みんな、街を回ってヴェルク君の名前に聞き覚えのある人を探してほしい!」
「勇者パーティの初仕事! 張り切っていきましょう! えいえい、おー!」
「「おー!」」
エルフィの掛け声に反応できたのは、アルとリーネだけだった。
事情が把握できずにポカーンとしてる騎士たちを置いて、勇者一行は城壁の外へと走っていく。
「迷子の家族探し……? どういうことだ?」
「出発するんじゃないのか?」
騎士たちは動揺していた。無理もない。馬に乗った騎士たち、後に控える給仕たちの馬車には荷物も積まれて、部隊の準備は完璧に整っている。
勇者一行と魔王討伐に向かうパーティだ。迷子の親探しに使うような小規模なパーティじゃない。
「おい! そこの!」
紫色の髪の若い騎士が、馬を降りてこちらへ駆け寄ってくる。
二十代半ば。精悍な顔つきは威圧的で、真面目さの裏返しとも言えた。話す前から説教されるような気がしてくる。
「お前が勇者一行を案内するために派遣された冒険者だな? 名は?」
「ルーファス・ロッドウォーカーといいます」
「私の名はリーベル・アトレイン、上級騎士だ。今回の遠征に参加する騎士は、実質的に私が指揮を取ることになっている」
「はあ、そうですか」
「なぜ勇者一行は、迷子の親探しなどしているんだ?」
「さぁ、俺に聞かれても分かりません」
「昨日になっていきなり遠征のスケジュールが変更されたのは、お前の意見があったからと聞いた。今回のことも、お前と関係があるんじゃないのか?」
「違いますよ」
「あの、一体スケジュールはどうなっているんでしょう?」
「なぜ急に、勇者様たちは出て行かれた?」
会話の途中で、メイド服の丸眼鏡をかけたお姉さんと、金色の甲冑に身を包んだ騎士がやってきた。
「失礼いたしました。私は遠征の中で給仕係をまとめます、リアーナと申します。ご夕食やエルフィ様のティータイムの支度もございますので、スケジュールが変更されたのなら、我々にも教えて頂けると助かります」
大変申し訳なさそうに、リアーナは小さく頭を下げる。
俺は貴族でも何でもないのに。彼らを制御できない責任はこちらにあるんだから、頭を下げるべきなのは俺の方だろう。
「私は聖堂騎士の指揮を務めるアテアだ。使命として、大司教様を優先的に守護することになる。心の片隅にでも留めといてくれ。して、大司教様は
それは息を飲む瞬間だった。
金色の騎士が
髪も睫も瞳も唇も肌も、全てが白い。
血色というものが何もなく、具現化した雪の精霊だと言われたら疑う方が難しいくらい、彼女の容姿は人間離れしていた。
「貴公、聞いているか? 大司教様は何処へ」
感情が凍り付いてしまったみたいな無表情で、心なしか声も冷たく感じてくる。ますます雪の精霊って感じがするな。
表に感情の出ないところが、なんとなくリディルに似てる。だけど、向こうにはまだ温かみがある。
王宮騎士に、聖堂騎士に、メイド長。
これから旅を共にする同行者のリーダーたち。
なぜ俺が彼らに詰め寄られなければならないのか。
俺は案内役だ。あんな変人たちのお世話係を任された覚えはない。
「え、ああ、迷子の親探しに出てしまいました。どこへ向かったのかはわかりません」
「盗み聞くつもりはなかったが、リーベル殿との会話がこちらの耳にも入ってきた。貴公が案内役を務める冒険者なのだろう? それが、勇者様たちの行動を把握できていないというのは、職務怠慢ではないのか?」
職・務・怠・慢……。
言われてしまった……仕事ができていないと……怠慢だと……。
「くぁ!? ああああああああああああああっ!?」
森で落雷を食らった時よりも強い衝撃が、俺の脳髄を駆け巡る。
膝から崩れ落ち、頭を抱えて蹲る。
「な、なに……?」
冷徹な雰囲気のあったアテアですら、戸惑った声を出す。
しかし、そんなこともお構いなしに、俺は俺自身への失望と戦っていた。
「仕事ができない無能……出来損ない……人殺し……使えないクズ……生きてる価値なんてない……」
「え、いや、そこまでは言ってない……」
握りしめた拳に力が入る。
ダメだ。あの変人たちのペースに飲まれたら、仕事が完遂できない。
意識を強く持て、ルーファス・ロッドウォーカー。道半ばで倒れても、仕事は待ってくれないぞ。
ガクガクと震える足を支えに、俺はどうにかして立ち上がった。
失った信頼を取り戻すために。
再び前を見るために。
仕事を成し遂げるために。
「何か……言い過ぎたのなら、謝る」
「いえ、あなたのおかげで目が覚めました。気づかないうちに、俺も気が緩んでいたのかもしれません」
「御託はいい。早く勇者一行を呼び戻してくるんだ」
この部隊の総指揮を執るものとして、リーベルは毅然とした態度を崩さない。
そうだ。これぞ仕事だ。言い訳なんて通用しない。課程なんてどうでもよくて、ただ結果だけが求められる。それが、俺の愛した仕事だろう。
「すみませんが、すぐに呼び戻すことはできません。俺も、ヴェルクの家族を探すという依頼を引き受けてしまいましたから」
「な、何を言ってる!? 迷子の面倒など、所轄の騎士にでも任せておけばいい」
「仕事は仕事だ。遠征の出発が遅れたのは俺の責任だが、引き受けた以上、途中で投げ出すことはできない。俺にできるのは、目の前の仕事を迅速に終わらせるだけだ」
俺の燃えたぎる熱意に圧されたのか、リーベルだけじゃなく、アテアもリアーナも一歩引き下がる。
「なぁにしてんの? リーベル。あんまり新人君を怖がらせちゃいけないよ」
金髪に碧眼の青年騎士が、リーベルの肩に手を置く。
こちらも若く、二十代半ば。
金髪の男も騎士の甲冑を身に纏っているが、他の騎士とはまるで違う、精密で細かい装飾が施されている。
アルと似た清潔感に、エルフィにも似た神々しさすら感じる容姿と立ち居振る舞いは、貴族のそれだ。
「ですが王子、勇者一行が予期せぬ行動を」
リーベルの声を聞いて、俺の視線は金髪の男に引き寄せられた。
「やぁ、どーもー。王子のケイロットだ。旅の案内、よろしくねー」
「ど、どうも……」
顔面を硬直させた俺の挨拶は、爽やかさの欠片もなかった。
ケイロット・リア・アーディアスタ。
昨日、謁見のまで挨拶した王の息子。嫡男。いずれはこの国を治める男。
遠征に参加する騎士の大半は、勇者の栄光に便乗しようとする貴族の後継者たちらしいけど、こんな大物まで同行するなんて聞いてない。
俺が道案内する時、間接的に王子にも命令を下していることになるのか。俺の指示を、王子は聞いてくれるんだろうか。
「王子、勇者たちを早く連れ戻さなければ、スケジュールに遅れが……」
「まぁまぁいいんじゃない? きっとこれも魔王と関係があるのだろう! 全員、街に散って迷子の親を探すんだ! さぁ行こう! ほら、走って走って!」
「……」
「ほーら、アテアも。大司教が自らの足を使って、迷える子羊に救おうとしているんだ。君たちが動かないでどうする?」
「……承知した。大司教様の意向は絶対だ。我々も迷子の家族を探そう」
ケイロットの一声で、騎士たちは一斉に馬から降りて街の方へ走っていく。
魔王はなんの関係もないんだけな。
まぁこの問題が片付けば出発が早まるのも事実だから、今は何も言うまい。
「あの、部隊を散開させる時は集合時間とか決めておかないと、後々大変ですよ。それとチームを作って捜索範囲を限定した方が効率がいいです。同じ場所を探すのは二度手間ですから」
「え? そうなの? あぁ、ごめんみんなぁ! やっぱりちょっと戻ってきてぇ! リーベル、彼のいう通りに指示を出してくれないかな」
「チームの中でも見落としがないように、ツーマンセルで動いた方が効率的です」
「……」
「リーベル、言われた通りに」
「……はい。了解しました」
リーベルは歯切れを悪くさせながら、戻ってくる騎士たちの方へ歩いていった。
どこの馬とも知れない冒険者の指示に従うのが嫌だったんだろう。
それに比べると王子はなんの躊躇いもなく、聞き入れていた。
「あ、あの……お食事のご用意はいかがいたしましょう」
王子を前にして、リアーナはさらに恐縮した様子で尋ねた。
「うーん、そうだな。たとえ王都を出発できなかったとしても、騎士たちは定時に食事を頂く。勇者一行の分は、ルーファス、君に頼んでもいいかな?」
「はい。適当に栄養を取らせます」
「決まりだ。いやぁ、気苦労を掛けて悪いね。でもそんなに固くならなくてもいいよ。君たちのおかげで、我々は快適な旅ができるんだからね」
「そ、そんな……恐れ多い……。遠征が円滑になるよう、誠心誠意、務めさせて頂きます」
「うん、よろしくー」
リアーナは改めて深くお辞儀をした後、隊列の後方に控える給仕たちの馬車へと戻っていった。
「あの剣聖のお墨付きで、しかもリシアの考えた順路を変えちゃったんだってね!? 相当なキレ者なんだろうなぁ、君は!」
「いえ、そんなことは……」
「畏まらなくていいよ! 聖堂騎士はともかく、遠征に関して、僕ら王宮騎士団は素人に毛が生えた程度の経験しか持ってない。敬うべきなのはこちらの方さ! 郷に入っては郷に従えってね! 俺のことはケイと呼んでくれて構わないよ! アッハッハッハッハッ!」
「それは流石に……」
「じゃあ僕も捜索に参加してくるよ! 後で会おう!」
こちらがオロオロとしている間に、ケイロットは颯爽と去っていく。
アルたちと同じ匂いがする。身分の違いを鼻に掛けないタイプ。王子があれなら、他の貴族や騎士たちも指示に従ってくれるだろう。
勇者一行と、騎士たち、給仕たちの板挟みになりそうだけど、王子の存在は安心材料かもしれない。
俺はまた、逸れそうになったアルたちを追いかけた。
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