第008話 捜索

 向かったのは、王城から最も離れた区画、ルーベンズ通り。貧困街のさらに下、端的に言えばスラム街だ。

 街頭や、魔力ランタンを軒先にぶら下げている家もなく、ここは夜になると真っ暗になる。

 かといって、安易に明かりをつけるのは危険だ。暗闇に潜んでいる不届き者が、来訪者に気づいてしまうから。

 それを知らないリーネが、「導きの光カールフ」の魔術で、手のひらに光の玉を生み出した。

 昼間のように明るくなる。

 冒険者にもこの手の魔術を使う人はいるけど、いちいちパワーが桁違いだ。


「すみません、明かりは消してください」

「どうして? アンタたち、暗い場所は見えないでしょ?」


 アンタたちって……。

 振り向くと、リーネの目が魔術の光を異様に反射させていた。

 暗がりに潜む猫のよう。

 吸血鬼ヴァンパイア体質。

 リーネは夜目が利くらしい。


「明かりをつけると、怖い人たちが寄って来ちゃうんですよ」

「……虫みたいね。虫は嫌いよ」


 リーネは素直に従ってくれた。

 虫ね……。

 ここには仕事をもらえない、無魔の人たちが集まりやすい。

 小さい時から冒険者の仕事に関わってなければ、本を買うお金を稼がなければ、俺もここの住人、リーネの言う虫の一匹だっただろう。 


「……」


 ──ふん。感傷に浸るつもりはない。仕事には関係ないことだ。


「エルフィさんがいなくなった時、二人は側にいなかったんですか?」

「うーん、エルフィ君の場合、近くにいても意味ないんだよねぇ」

「どういう意味ですか?」

「超絶的にお人好しだから、誰かに声をかけられたらホイホイついてっちゃうのよ。巷じゃ聖女なんて言われてるけど、もうあれは精神性が神域に片足突っ込んじゃってるわよ」


 二人の意見が揃っているから、誇張している訳ではなさそうだ。

 精霊に認められるには、精神力が必要になる。文献を裏付ける話でもある。

 一般的には、世の中に悪い人はいないと思い込んでいる、世間知らずなお嬢さんっていう見方もできる訳だけど……精神力が強い人間っていうのは、一周回ってそういう感じになるのかもしれない。

 でも、大司教で、ましてや勇者一行だぞ。

 王宮騎士や、エリートと呼ばれる聖堂騎士の人間だって近くで見張ってるはずだろう。

 自力で人目を掻い潜れるとは思えない。となると、一部は精霊も加担してそうな話だな。

 精霊の方は、おそらく善悪の概念なんて持ち合わせてないだろう。エルフィが人攫いをいい人だと信じたら、それを支持する動きになる。


「情報通に当たるって言ってたけど……どういう人なの?」

「さぁ。ここ二、三年の付き合いになりますけど、本当の正体は分らないんですよ。一人なのか、複数人なのか、そもそも人なのかどうかもわからない。本当の名前もわからないから、俺はずっと前から『ヴェール』って呼んでます」

「なにそれ!? なんか、闇の組織って感じねっ!」

「裏からこの王都を操ってるとか?」

「何でそんな楽しそうに言うんですか?」

「カッコイイじゃない! 闇の組織って!」

「アウトローな感じってちょっと憧れるよねぇ」

「それが勇者一行の言葉ですか? あなた方は世界を救うヒーローなんですよ?」

「生まれつき勇者一行だった訳じゃないわ。高貴な人間の使命として、受け入れているだけよ」

「みんなの元気を取り戻すのも、勇者の仕事だからねぇ。あんまり暗い感じにはできないんだ。……いや、もしかしたらダークヒーロー的な感じで路線変更すれば、いけるんじゃ……」

「無理よ。あれだけ盛大にパレードでお披露目しちゃったんだから。今さら変えられないわ」

「ですよねー」


 意外だな。

 勇者たちも、ビジネスライク的に自分の役目を受け入れてるのか。

 考えてみれば、アルは国王に選ばれたのであって、自分から勇者を名乗り始めた訳じゃないんだよな。

 嫌いじゃない。

 仕事に徹している人間は、善人だろうが悪人だろうが、俺にとっては身命の友だ。

 さっきの出発式じゃ、キラキラしている彼らに引け目を感じてた。でも、そういう裏の部分を聞かせてくれるなら、仕事仲間として、友好を深めることも悪くないかもしれない。

 暗闇から覗き込む人の視線を感じながら、俺らは入り組んだ路地の先へと進む。

 廃墟同然の家ばかりで、投棄されたのか拾って来たのかわからない廃材の小屋が壁際を占拠している。

 小屋と小屋の間にあるジメジメとしていてカビ臭いトンネルを突き当りまで進むと、小川が現れる。


「うげぇ……酷い匂い……」


 リーネが鼻を摘まむ。

 無理もない。ここは下水道だ。

 廃材の道を進んでいる間に、俺たちは地下に潜っていた。

 下水の川を挟んだ細い道の先に、蝋燭ろうそくで照らされた場所がある。

 壁が鉄に覆われていて、小窓が鉄板で塞がれている。

 ゴンゴンゴン、と俺はノックし、低い音を響かせた。


「……ルーファス、久しぶりだね。来るとわかっていたよ」


 鉄板が横に滑ると、ギョロッとした目玉だけが暗闇の中で浮かび上がる。

 俺がヴェールの容姿に関して知っているのは、この目玉だけだ。意外と感情豊かに動くので、意思疎通には事欠かない。


「最近は王宮の依頼で忙しくてな」

「魔王を探す騎士のサポートかい。政府のやることは手際が悪いからね。相当長引くだろうね」

「お前はもう掴んでるのか? 魔王の正体」

「それがわかっていたら、僕が討滅しているさ」

「お前の情報網を駆使すれば、すぐにでも見つけられるんじゃないか?」

「君もまだ青いな。情報商売が成り立っているのは何故だと思う?」

「……『知らない人間』がいるから」

「その通り。『知らない』ということはそれだけで価値がある。僕が魔王の正体を突き止めないのは、いわばセリのようなものだよ。その情報が最も価値をつける時に、僕は動く」

「王宮が泣いて頼んでくるのを待ってるのか」

「ああ、そして、今がその時だと踏んでいるよ。だって君は王宮の使いで来たんじゃないのか? 勇者を魔王城へ案内する依頼を引き受けたんだろ?」

「なんだ、もう知ってるのか」

「噂でしかなかったけどね。でもルーファス、後ろにいるのは勇者アルトリウスと、天魔導士イフリーネじゃないか。この目で見たことだ。噂は事実に変わったよ」


 ヴェールの情報源が何なのか……それは誰にもわからない。わからないから、誰も敵に回してこなかった。

 力のない俺にとって貴重な情報を提供してくれるヴェールは、共存共栄してきたい相手だ。

 下手に干渉して消息を絶った人もいるって聞くし、俺はビジネスライクな関係を保って、詮索はしないと決めている。


「しかし困るよ……部外者を連れてくるのは……一応、僕は人目を忍ぶ存在なんだ。わかるだろ?」


 暗闇の中の目玉が、とても悲しそうに斜めになる。

 

「悪い。緊急事態なんだ。実は……」

「やぁやぁ、ヴェール! 今日はいい夜ね! しかしヴェール! 高貴なる私を目の前にして、姿を隠すなんて失敬よ! 出てきなさい! 今すぐに!」

「ヴェール君は、そんな真っ暗なところで生活してるのかい? 中は広いの? どこかに別の出口があるのかい?」

「あ、ああ、ちょっと……中は覗かないで……企業秘密なんだ……」


 俺を押しのけて、品性の欠片もない勇者一行は、小窓に顔を押しつけている。

 これからが交渉だっていうのに……やっぱりこいつらとは、友達にはなれないかもしれない。

 仕事に徹する人は好きだが、他人の仕事を邪魔する奴は、それ以上に嫌いだ。

 

「吸血鬼の夜目をもってしても、暗闇がのぞき込めないわ! こんなの異常よ!? 一体どういう技術なのよ!?」

「その目玉って本物なの? 瞬きしてないけど、目ぇカサカサしない?」

「もしかしてアンタ、魔術師なの? 私の知らない魔術とか知ってたりする?」

「うぇっ、うぇえええん! ルーファスぅ! この変な人たち、なんとかしてぇ!」


 ヴェールが泣きそうな声で助けを求めている。

 相手が得体の知れない謎多き目玉だったとしても、アルたちの態度は変わらない。俺と出会った時と同じ、子犬みたいにはしゃいでいる。

 この子犬を躾けるのは、一体誰なんだろう。俺じゃないよな?


「本題が違うでしょ。何でここに来たのか、もう忘れたんですか?」

「ああ、そうだったぁ」

「フレーデル教の大司教で、エルフィーデっていう人は知ってますかぁ?」


 所用を思い出して、二人は小窓から離れてくれた。


「あ、ああ、勇者一行に選ばれた精霊付きだろう。今は街の中でうろちょろしているようだね」

「居場所がわかるの!?」


 小窓に突っ込む勢いで顔面を近づけるリーネを、問答無用で引き剥がす。

 天魔導師だか勇者一行だか知らないが、仕事を滞らせる奴は許さない。


「ど、どうやら、最近になって王都に現れた人攫い共に幽閉されているようだね」

「人攫い?」

「野盗か何かが、街に潜り込んだのかもしれない。現れたのは1週間ほど前。僕も詳細は掴んでいない」

「……『知らない』ことは金になるからか」

「ご明察。……いくら出せる?」


 エルフィーデに世界の命運が掛かっていると知った上で金を取る。プロは一貫して、わかりやすい。

 世界を救う方法がわかったところで、コレは世界を救わない。世界を救いたいと願う人が、情報にお金を出すのを待ち続ける。

 やはり、嫌いじゃない。

 仕事に一貫性を持っている奴は、大好きだ。


「ちょっとアンタぁああ!! 勇者一行なのよっ!? 世界の命運がエルフィに掛かってるっていうのに、お金をせびるつもりなのっ!? 焦らしてないで、さっさと情報を吐きなさい!」

「君、口はどこについてるの? ご飯とかちゃんと食べれてる? 食事は筋肉の源だよ?」

「そ、それが僕の商売だし……もう片方は何の質問なのかわかんないよぉおお!」


 再び、小窓に張りつく勇者一行。

 ヴェールが泣いている。

 仕事を邪魔された。俺だけじゃない。ヴェールの仕事も邪魔している。

 仕事を続行するためにも、ここは多少の暴力もやむを得ないだろう。

 ただ、アルは力尽くで退かそうと思っても、あの図体だ。

 男の矜持に反するが、どんな人間でも絶対に鍛えられない部分を攻めるしかない。


「邪魔すんじゃ……ねぇっ!!」


 俺は後ろから、アルの股間を蹴り上げた。

 そうすれば、この筋肉の塊も一瞬にして蹲ると思っていた。

 

「ん?」


 しかし、蹲ったのは俺の方だった。


「い、いってぇええええええ!?」


 固かった。鋼鉄のように固かった。

 こいつ、タンスの角でも股間にぶら下げてんじゃねぇのか。


「な……股間にプロテクターでもつけてるのか……」

「あはは! そんなもの必要ないよ! 日頃から鍛えてるからねっ!」


 白い歯を見せて、親指を立てる。

 鍛えるって……どうやって? 


「まったく……高貴なるレディを目の前にして、そんなはしたない行動はやめてよね。近くに居て恥ずかしいわ」

「どの口が言う!?」


 何はともあれ。

 足の痛みと引き換えに、場の空気が改まった。

 痛い代償だったが、仕事が進むなら問題ない。


「時間がない。回りくどい交渉は省こう。手持ちは百万アーディだけだ」

「び、貧乏人の君に、そんな大金が用意できる訳がない」

「余計なお世話だ」

「となると……それは王宮の軍資金かい?」

「どうなんだ? 買えるのか?」

「ま、まぁ君はお得意様だから、今回はそれで良しとしよう」

「それは違う。今回の件は時間を置けばいずれ解決する問題だとお前は考えてる。情報に価値があるうちに売り捌きたいだけだ。もしも長引きそうな問題なら、きっと値段を吊り上げてた」

「……ははは、よくわかっているね。その通りだよ」


 俺はリシアから貰ったばかりの金貨百枚を革袋ごと小窓へ入れた。


「二羽のハトが宝石を咥えて西へ飛んでいたが、マルディア伯爵の悲劇に夕日を眺めた時には宝石がなくなっていた。パトレスは大きな木箱を押し退けた」

「……ありがとう」


 小窓がピシャリと閉じられ、俺は下水道から出た。


「え、なに? 今ので何がわかったの?」

「隠語ですよ」

「なんて言ってたんだい?」

「二羽は犯人が少なくとも二人いたということ、ハトはハーベイ通り、宝石はエルフィ、マルディア伯爵は二百年前に実在した人で、浮気した妻に逆恨みされナイフで刺されて死んだ。夕日が沈むのは西、パトレスは今はないランダー王国の最後の王で、敵国に攻め入られた時に、王城に部下たちを置き去りにして、裏手の門から逃げ出した人物。ここまでの話を繋げて、情報にします」

「なるほど! リーネ君、わかったかね?」

「も、もちろん! 高貴なる私に理解できないことなんてないわ! そうだ、アル! 答え合わせをしてあげるから、ちょっと言ってごらんなさい!」


 丁寧に説明してやったのに、二人ともわからないのかよ。


「場所だけ要約しますと、ハトが西へ飛んでいったということは、ハーベイ通りを東から入るということ。マルディア伯爵は腹部を三回から四回刺されたから、三軒目と四軒目の間にある道。でもマルディア伯爵の場合は『逆恨みされた』っていうところが大事で、これはハトが進んだ方法が逆という意味を示しています。つまり西からハーベイ通りに入り、三軒目と四軒目の間、夕日が沈む方向、つまり左にある道に入る。パトレス王は裏手から逃げ出したので、正面にある家の裏手、そこの大きな木箱をどけた場所にエルフィさんが捕まっているということです」

「…………………………ごめん、もう一回言って?」

「もういいです! さっさと行きましょう!」


 指示通りの道を進むと、本当に大きな木箱が置いてある。動かしてみると、地下へと続く通路が露わになった。

 人攫いに捕まったって言ってたけど、精霊付きがただの野盗に捕まるとは思えない。何か特殊な魔術か、武器を持っているのか。なんにせよ、警戒しておいた方がいい。

 

「よし。ここからは隠密行動で行きましょう。気づかれないように潜入して人質を……」

導きの光カールフ

「え……?」


 リーネは宙に光の球体を浮遊させる。

 ここに居るぞと言わんばかりに。


「たのもぉぉおおおおお!」

「誰かいませんかーっ!?」

「って、おいぃいいいいいいい!?」


 わかりやすく忍んでいる俺の横を素通りして、ズカズカと階段を下りていったアルとリーネは堂々と声を張り上げた。

 もうやだ。友達になれない。

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