第003話 謁見

 次の日。

 俺は会長と一緒に王城へ出向くことになった。

 勇者パーティの出発は明日らしく、各位関係者に挨拶くらいはした方がいいと、特務大臣から直々に招かれた。

 「いくらなんでも急すぎるだろ!?」って抗議したくなったけど、俺の立場じゃ言える訳もない。

 城門を潜り抜け、近衛騎士に挟まれながら進む。天井まで七メートルはあろうかという巨大な回廊から、陽光の降り注ぐ中庭が見える。

 床は全て光沢のある大理石。足音が異様なほど響く。

 全てが白を基調とされていて、綺麗だなぁと思わされるけど、一方で不純は許さないという権威的な圧も感じる。

 王城に入ったは初めてだ。今回の依頼がなければ、招かれる機会なんて一生なかっただろうな。

 しばらく歩いていると、廊下の真ん中に大柄な男と細身の女が立っていた。目的を終えた近衛騎士が去っていく。


「おはようございます。ガロ会長」


 黒髪を後ろで束ねて小さめのポニーテールを作る女性が、丁寧に挨拶する。強い意志と冷静さの調和を感じさせる、灰色の瞳。王宮の役人に相応しい白の制服。品行方正な内面を物語るように、とにかく背筋がよく、身長は百六十センチくらいある。

 武器は携帯していないように見えるが、代わりに手に持っている用箋ばさみは、彼女の特性が色濃く表していると思う。つまり、仕事ができるって感じの女性だ。

 俺と変わらないくらいの歳に見える。見た目は地味だけど、この若さで王宮の役職に就いている時点で、非凡さは隠しきれていない。


「今日も相変わらず美人だねぇ」

「あなたも、減らず口は相変わらずのようですね。……そちらが?」


 会長のセクハラ紛いな挨拶を軽くかわし、黒髪の女性はこちらを見る。


「ああ、リディルの推していた冒険者だ」


 俺を足の先から頭のてっぺんまで観察した後、女性は体を向き直した。


「はじめまして。私はリシア・グレイルートと申します。そしてこちらが、特務大臣で子爵でもあらせられるグレイブ・ハウザーク様です」


 長い白髪を後ろに流した男は、口髭もお腹に届きそうなくらい長い。身長は二メートルくらいありそうで、百七十五センチの俺でも見上げるほどデカイ。

 年齢は六十代。傷のある顔からは鋭い視線がこちらに向けられていた。

 大体の貴族は温室育ちのはずだけど、この人は違う。あらゆる苦難を乗り越えてきた戦闘要員の顔つきをしている。


「ど、どうも……Cランク冒険者のルーファス・ロッドウォーカーと申します……」

「私と同じ、白髪だな……」

「は、はい」

「おそろっち」

「お、おそろっち……」


 グレイブが拳を突き出すので、俺は恐る恐る拳を合わせた。

 見た目と声の荘厳さとは一致しない挨拶に、場の空気が崩れかけた時、間に割り込むようにリシアが話し始める。


「勇者一行の遠征は、特別な任務を請け負う特務省の管轄です。私は特務省・事務次官兼、特別任務管理局、勇者課課長兼、勇者支援係で係長を勤めております」

「リシアたん、そんなにツンケンしてたら、お客様が怖がっちゃうよ」


 威厳を失いたくない様子のリシアは、苛立ちを隠さずにグレイブを睨みつけた。


「はうっ!? リシアたんに睨まれた……」

「おお、よしよし。大臣というのは辛い仕事だなぁ」


 縮こまったグレイブを会長が抱きしめる。

 なんなんだこのおっさんたちは……俺が畏敬の念を抱いていた伝説というものを、尽く崩していくじゃないか。

 リシアは小さく咳払いをして、話を続ける。


「勇者のサポートに関係する一切を取り仕切っております。案内役であるあなたとは、密に連絡を取り合うこととなるでしょう。どうぞよろしくお願いいたします」


 俺はリシアと握手を交わす。

 どうやらこの人が、今回の任務では直属の上司のようだ。事務次官って実質、大臣補佐ってことだよな。リディル然り、世の中にはとんでもなく出世した同世代がいるらしい。


「謁見の間で、国王陛下に挨拶をして頂きます」

「こ、国王陛下……!?」


 歩きながら、リシアはこれからの話をする。


「陛下もあなたが冒険者であることは存じておりますので、過度な礼節は求めておりません。先程の子爵様に対する挨拶のように、あなたなりに丁寧に挨拶して頂ければ問題ありません」

「は、はあ……」


 両扉を開けると、廊下よりもさらに天井の高い大広間が現れる。

 床は赤い絨毯で敷き詰められ、近衛騎士が両脇に控えている。壁や柱には細かい装飾が彫られており、絢爛さを際立たせている。

 立っているだけで息が詰まる。高級な場所に、一匹のハエが紛れ込んだみたいだ。

 玉座に座る、王冠を被った初老の男が間違いなく王様だろう。

 ダグラス・リア・アーディアスタ。

 十八年間生きてきて初めてみた、故郷の王。

 王が手で払うような仕草を見せると、玉座の前で整列していた貴族風の人たちが一斉に壁際へ移動し、俺らに道を開けた。

 気まずい視線を左右からひしひしと感じながら歩く。


「では、その者が?」


 全てを察したように問いかける王に対し、グレイブが答える。


「はい。剣聖の千里眼が見定めし、『知恵のある者』でございます」

「そうか。その者、名乗ってみよ」

「お、俺……じゃなくて、私の名前はルーファス・ロッドウォーカー。Cランク冒険者です」


 壁際に下がった人たちがざわめき始めた。全員、『Cランク冒険者』という一言に動揺したらしい。 それはそうだよね。

 世界を救おうかという勇者を導くのが、取るに足らないCランク冒険者って、どう考えても分不相応だ。俺が一番わかってる。だからどうか陰口はほどほどにしてほしい。

 王はしばし俺を見つめ、それからゆるやかに頷いた。


「良い。人を導く力とは、剣や魔術だけで推し量れるものではない。道を選べるのは、多くの知識を持つ者だけだ。ルーファス・ロッドウォーカー、汝に託す。勇者たちを、魔王城まで導いてやってくれ」


 王の声は静かに響き、ざわめきはぴたりと止んだ。


「は、はい……陛下の御前に誓い、一度引き受けた仕事は、死んでも完遂します……」


 跪き、頭を下げる。

 挨拶が終わってすぐ、俺は謁見の間から退出した。

 思いがけない言葉を貰ってしまったな。その場の空気に流されて、跪いてしまった。

 あれが王の威厳か。

 うん、なんか格好いい人だったな。


「素晴らしい挨拶でしたよ、ルーファス。冒険者には個性的な方が多いけれど、あなたは違うようですね」

「はあ」

「用は済んだな! ダグラス、一緒に飲みに行こうぜ! 最近いい店を見つけたんだ!」

「可愛い子はいるか?」

「もちろん! 愛想のいい子が一杯いるぜ! そこは飯も美味いんだ!」

「わし、ちょー楽しみ」


 会長はダグラスを連れて、どこかへ行ってしまった。こっちに世界の命運を託しておいて、自分はいかがわしい店にいくのか。英雄、色を好むってか。納得いかない。


「はぁ……お互い、変な上司を持つと大変ですね」

「あはは……まったくですね」

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