火星のピラミッド

赤とんぼ

火星のピラミッド

今でも鮮明に覚えている。

中学生の頃、市の図書館で見つけた一冊――『火星のピラミッド』。


当時の私はオカルトが大好きで、古代文明やUFOの記事を切り抜いて集めていた。

「ピラミッド」という単語には無条件に反応するし、それが“火星”と組み合わさったら、最強のコンボだ。

タイトルを見た瞬間、背筋に電気が走った。


カウンターの司書のおばさんが、眼鏡の奥の目を細めて笑った。

「その本、おすすめよ」

にこやかに差し出されたその笑顔は、不思議と胸をざわつかせたが、期待のほうが勝っていた。


ページを開くと、NASAの探査機の写真や、赤茶けた砂漠に影を落とすピラミッド状の地形。

古代遺跡のスケッチや天文観測の図が続き、夢中で読み進める。

ところが途中から様子が変わった。


説明文が消え、代わりに意味不明な記号や、核戦争で死んだ人々の絵ばかりが延々と続く。

描かれた人間は、関節の数と目の位置がおかしく、どこか蛇と虫を混ぜたような輪郭をしていた。

黒い雲に覆われた都市、崩れ落ちる塔、焼け焦げた人影。

ページをめくるたびに、その黒い雲は形を変え、やがて巨大な顔のようになっていった。


気づくと、館内は不気味なほど静まり返っていた。

さっきまで近くで宿題をしていた子も、カウンターのおばさんもいない。

空調の低い唸りと、ページをめくる音だけが響く。


顔を上げると、入口の自動ドアが閉まっていた。

蹴っても押しても反応しない。胸の奥で冷たいものが広がる。


「……帰ろう」

本を机に置き、廊下へ出る。非常口も固く閉ざされている。

廊下の端、床すれすれに小さなガラス窓を見つけ、鍵を外して押し開けた。

外気と一緒に、熱を帯びた砂の匂いが吹き込む。


窓から這い出た瞬間、目の前に司書のおばさんが立っていた。

さっきまでの笑顔ではない。

関節の数が多すぎる両腕が、ぎこちなくも異様な速さで動き、目は縦に二つ並んでいた。

口が異様に大きく裂け、「――面白かったでしょう?」と、本に描かれていた黒い雲の顔そっくりの笑みを浮かべた。


次の瞬間、耳に意味のわからない高低差の激しい声が突き刺さった。

人間の声ではないのに、どこか私の名前を呼んでいるような響き。

背中に熱い息がかかるのを感じながら、全力で駆け出した。


家に着いた時、靴の中に赤茶けた砂がぎっしり詰まっていた。

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火星のピラミッド 赤とんぼ @ShiromuraEmi

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