笑わせてしまう男

赤とんぼ

笑わせてしまう男

君は、話をしているとき、相手の笑うタイミングを気にするかい?

ほら、冗談を言ったとき、コンマ何秒で笑い声が返るかってやつ。


僕は、それが得意なんだ。

何を言っても、どんな間でも、相手が笑いたくなるタイミングを当てられる。

──いや、正確には「笑わせる」じゃなく、「笑わせてしまう」なんだけどね。


昔、同僚にこんなことを言ったことがある。

ランチの帰り、信号待ちの横断歩道で。

「なあ、もし今、あのトラックがこっちに突っ込んできたら……君、どういう顔するかな」

青になった瞬間、彼は笑ったよ。反射的に。

僕は、その瞬間をずっと覚えている。


あるいは、居酒屋で初めて会った女性。

笑顔がきれいで、声も高くて、周囲の空気を和ませるタイプだった。

乾杯のあと、僕はグラスを少し傾けながら言ったんだ。

「このグラス、もし割れたら、君の喉、どうやって切れると思う?」

彼女は、一拍置いて笑った。

ちょっと引きつっていたけど、確かに笑ったんだ。


昨日は駅のホームで知らない女性に話しかけた。

遅延のアナウンスに合わせて、僕は軽く肩をすくめて言った。

「こんな日には、誰か、線路に押したくなるね」


彼女は一瞬、目を丸くしたけど……すぐに笑った。

完璧な間だった。


電車が入ってきた音の中で、その笑い声はよく響いた。

次の瞬間、僕はほんの少しだけ肩を動かした。

──彼女は、ちゃんと笑ったままだったよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

笑わせてしまう男 赤とんぼ @ShiromuraEmi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ