第2話「キャッチ77」


まずは、題名の意味から。


実はあまり意味はない。強いて言うならキャッチ22とは関係ない。


これは、今から50年程前の俺が高校1年の夏の話だ。



◆◆◆ 発端 ◆◆◆


「然るに、これからの大学生活を有意義に過ごしたいんだよ、俺は!」

兄の夏樹が唾を飛ばしながら、まくし立てている。


これで何度目の「然るに」なんだよ、と思いながらも、


「つまり、バイトを代わって欲しいって事?」


「さっきからそう言ってるだろ!」


要約すると、兄は友達から引き継いだ中学校の宿直のバイトを代わって欲しいらしい。


公務員は業務の一環として週に一度、宿直をする義務があって、その代行を行う代行員というバイトがあるそうだ。


しかし兄は大学の旅行愛好会サークル活動で北海道へ行きたいそうで、代行員の代行として俺に白羽の矢が立ったという訳だ。


「それで、バイト代はいくら?」

「一晩、一万円!」

ほーう。


「で、その内いくら貰えるの?」

「馬鹿いうな!お前がバイトした分は全額に決まってるだろう!」

そうなんだ。それはちょっといいかな。


「でも、兄貴は大学生だからいいとしても、俺は高校生なんだよ。問題はないの?」


俺の高校はバイト禁止、さらに代行員のバイトにしても高校生は禁止のはずだ。つまり、どちらにバレても、俺への罰則は免れない。


「俺の弟だと説明してある。」

「誰に?」

「日直のオバチャンと用務員の木暮さんに、大学1年と言ってあるから問題ない」

半分、嘘ついてるじゃあないか。


「な! OKだよな?」

「まあ、良い…かな」


と、安易な気持ちで引き受けたが、まさかあんな体験をする事になるとは思いもしなかった。


◆◆◆ 第一夜 ◆◆◆


バスを二回乗り継いで、たどり着いたのは田んぼのど真ん中にある南南中学校だった。


まだ、日が落ちる前、日直のオバチャン(名前忘れた)と、用務員の木暮さんに兄貴が紹介してくれた。確かにここまでは問題なさそうだ。


「大体、夕方の六時から朝の六時までが勤務時間だから」

と、兄が言う。


「そうですか」

「出勤日は土曜日の夜と日曜日の夜と祝日の夜とお盆休みと年末年始だから」


えーっと、一体、いつまでやらされるの?


「そうですか」

あ~ ヤッパリ断ればよかった。


「ここにね」

キャビネットみたいな物の引き出しを開けて、


「業務日誌があるから、日付と 異常なし の文言を書いて、印鑑を押してくれ。印鑑は一緒に入っているから」


「そうですか」


「それから、全ての鍵を施錠して、後は宿直室に居ればいい」


「巡回とかしなくていいの?」


「バカだなあ、しなくていいよ、

寝てればいい」


「そうですか」


今夜は兄貴も一緒に泊まってくれるのかと思ったが、それは甘く、兄貴は

「じゃあな」

と言って帰っていった。


まあ、いいか。


俺は宿直室で、押し入れから布団を出して、ゴロゴロしてみた。


そうだよな、こんなもんだよな。

やることが何もない。


あ! 施錠!


俺は、ほうぼうを歩き回って、全ての扉に内側から鍵をかけた。というより、ほとんどの鍵は施錠済みであった。


また、やることが何も無くなった。


もう、いいや、寝よう。

と言ってもすぐさま寝られる程俺は無神経じゃない。


しょうが無いので、高校生らしく、勉強を始めた。


二時間ほどして、

もういいやと思い、布団で寝てしまった。


朦朧としていたその時、ドーンと物凄い音がして、宿直室の窓がビリビリと震えた。


地震? いや? 揺れていない、地震ではなさそうだ。時計を見ると、夜中の3時。


改めて、宿直室の窓を明け、校庭の方を見つめると、校庭の真ん中に何やらボーッと白い物が見える。


あれ? なんだ?


宿直室に常備してある懐中電灯を持って、校庭に出る。


おそるおそる校庭の真ん中あたりにたどり着き、懐中電灯を照らしてみた。


その白い物は大体、百五十センチ程度の高さで、上方は先細り、下方は裾広がりで、地面にめり込んでいる感じ、まるで観音様の様な形を思わせる。


こわごわ、触ってみると、ボロボロと崩れ落ちる。指に着いた破片を眺めてみる。


結晶っぽい。匂いを嗅ぐが無臭。

舐めてみると、凄くしょっぱい。

塩だ! 塩だ! 塩だー!


えー! 何で? 塩?


思考能力がどうしても元に戻らない。いつもの俺じゃない事はわかっていた。


落ち着け!


田んぼの真ん中の校庭の真ん中に塩の柱がある。


これはなんだ?


待てよ、旧約聖書になんかあった様な…?


違う! それは違う! そっちに行ってはいけない。


そうだ! 飛行機だ!

何かで聞いた事がある。


海上から離陸した飛行艇の足に海水が不着して凍結した塊が地上に落下した。


そうだ! それだ!


そういう事にして自分を納得させて、俺は宿直室に戻った。


だいたい、こんな事はあり得ない。



気が付いたら、朝だった。

もう一度、校庭に出て、昨夜の場所まで行ったが、何もない。跡形もない。


あれは夢だったのか?


始発のバスに乗って、帰った。



◆◆◆ 第二夜 ◆◆◆


今日は、日曜日、

昨日の塩の柱の件は、やっぱり夢だったのか?


たぶん、誰に話しても、信じて貰えるはずもない。

今夜は、深夜ラジオでも聞きながら、ダラダラしていようと決めてきた。


宿直室に布団を敷いて、ゴロゴロしてみる。


まあ、そんなもんだよな。


施錠は、既に終わらせている。


ここで、問題になりそうかもしれないが、

ウイスキーのボトルからグラスに、適量注ぐ。いわゆる寝酒というやつだ。ハッキリ言って、飲まずには、やってられない。

良い子は真似しちゃダメだよ。



微酔い加減で、寝てしまった。


突然、ものすごい音で飛び起きた。


「キーンコーンカーンコーン」





何の事は無い

学校のチャイムだよね。

でも、こんな、夜中に…いくら、田んぼのど真ん中とはいえ、人家が全くない訳ではないので、ご近所に迷惑だろうな、とは思った。


木暮さんへ内線電話してどうする?か聞いた。木暮さんが来てくれて、宿直室の隣の放送室に入って、チャイムのスイッチを、オートへ捻って、音は止まった。


ふー、やれやれ、放送室のスイッチを管理しているのは放送部だろうな、つまり、日頃の点検作業を怠った、ということか。


困った奴らだ。

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