高円寺秋彦探偵帳

高円寺秋彦

第1話「名前はパズル、連絡網はラビリンス」


これは、今から50年程前、

俺が高校1年の春の出来事だ。


「秋彦、お友達から電話よ~」

母親の声がする。電話口にでると


「俺だ!」

誰だよ?


「すみません、どちらのオレダさんですか?」

「ふざけるな!黒目だよ!」


ん? 別にふざけてはいないはずだが、黒目? ああ、同じクラスの黒目英樹か、たしか柔道部だった様な。


「それで、黒目君、何の用かな?」

「決まってるだろ、連絡網だよ」


ん? 連絡網? 確か俺に来る順番は、山田からのはず?今は春休みなので初めての連絡網ではあると思うが。ごそごそと連絡網のプリントを探してみたが見つからない。


「でも、連絡網なら、山田からのはずだよね」

「それはそうなんだけど、実は相談したい事があるんだ!」


相談したいやつがそんな高飛車に物申すのか?


「相談?って何?」

「何というかその、山田の下の名前お前知らないか?」


声のトーンは下がったが、何だか面倒くさい話になる予感がする。


「知らないけど、連絡網に書いてあるよね」

「読めないから、お前に聞いてるんだろ!」

「何で俺に聞くんだよ?」

「だって、山田の次はお前だろう」


ん? つまり、黒目の脳内では、俺と山田は仲良しみたいだから、下の名前を知っていて当然というストーリーなのか。しかし、連絡網は家の近い順で作成されているはず。さらに山田とは友達でも何でもない。もちろん黒目も友達ではない。


「俺も知らないよ」

と、答えてみた。


「そうなんだ」

これで終わりかな?


「どうしても教えて欲しい」

何でそんなに執着するのだろう?


「因みに、どういう字なんだ?」

「スシのスにスケだよ」


ん?寿司の「寿」にスケ?

「スケ?ってどういう字?」

「山にあしだよ!」


ん?ヤマアラシ?柔道部だからか?

というか、どうしてこうも会話が噛み合わないのだろう?ちょっと違う角度できいてみた。


「つまり、芥川龍之介のスケ?って事?」

「誰だよ?アクタガワ?って?」


もう無理だ、電話切りたい。でももうちょっとねばって


「介錯のカイだよね?」

「そうだよ!最初からそう言ってるだろ!」


武道家には、介錯は分かるんだ。


「つまり スシスケ だね?」

「そんな名前の奴はいない!」


何でそう言い切るのか?


「いるかもしれないだろ、

もしかしたら山田のお父さんは腕のいい寿司職人で、魚介類に深い愛情を持っていたから、息子にスシスケと名付けた」

「もっと真面目に考えろ!俺は困ってるんだ!」


困ってたんだ?


「悪かった。30秒くれ、対応策を考えてみる」

「そうか」


カッキリ28秒後

「どうだ?」


「3つ考えた。」

「3つ?」


「その1、担任に電話して、聞いてみろ」

「なんだそれ?」


「まあ、聞け、連絡網上の難読漢字にルビを振らないのは担任の怠慢である。故に何も憶する事なく、教えて貰えばよい。だ!」


「ルビってなんだ」

「フリガナの事さ」


「んー、却下だな」

「なぜ?」

「そんな事、聞いてくるなと、怒られるに決まってる」

「そうかなあ?担任は教師であり、教えるのが仕事で義務でもあるはずだ」

「とにかく、却下だ!他は?」


「その2、スシスケで押し通せ」

「またそれを蒸し返すのか?」

「まあ、落ち着いて聞いてくれ。スシスケ君お願いします。と言えば、親御さんはどう思うか想像してみろ」

「こいつは馬鹿なのか?と思われるだけだ!」

「違うな。ああ、また間違って呼ばれるのか。悲しい。」

「なんだそれ!」

「つまりだ、親として普通に呼ばれない名前を付けてしまった贖罪の気持ちと諦めの感情だね」

「はあ?」

「だから、間違っていても誰の事かは理解されるはずだ」


「却下!」

「どうして?」


「そんな事は出来ない、そもそも礼儀に反する!」

礼儀を重んじる人なんだ。


「では、その3、下の名前を呼ばない、山田君で押し通せ」


「なんだそれ!それじゃあ何の解決にもならないじゃないか!」

「違う、違う。問題は名前を呼ぶ事ではなく、山田を電話口に出す事だ、だから、この方法がベストなんだよ」

「どの山田君か?と言われたら?」

「だから、山田君居ますか?と言う前に、柊高校1年C組の黒目と申しますが、と前置きするのさ。そうすれば、山田家に何人の兄弟が居ようと、たった一人の山田君に到達するだろ」


「うーん、やっぱりだめだ!」

「どうして?」

「俺の主義に反する!」

何じゃそりゃあ?


「わかった。もういい。

その4、俺が山田に電話する」

「え?」

「いいから、用件を教えろ!」

「連絡網の順番を入れ替えるつもりか?」

「心配するな、俺の次の伊藤にも俺から連絡する。お前はお役御免さ」


「それはだめだ!やはり俺の主義に反する!」


「じゃあ、どうすればいいんだよ?」


「もういい!お前に電話したのが間違いだった!」


「どうするんだ?」

「自分で何とかするよ。しかしなあ、お前いつもそんな風だと友達無くすぞ」



電話は切れていた。

しばらく俺はぼーっとしていたかもしれない。


ハッと気がつき時計を見ると

黒目と会話していたのは

正味15分くらいだった事に気がついた。


その時電話のベルが鳴り響いた。

受話器を上げると


「秋彦君?山田だけど」

「え! ああ、何?」

「連絡網だよ」

「そうか」


◆◆


「じゃあ、またね、おやすみ」

「ああ、ところでさ、山田の下の名前、なんて読むの?」

「トシユキだよ、それが何か?」

「別に、ちょっと気になっただけ、

おやすみ」


◆◆◆


ちょっと疲れたな。

ああ、

でも連絡網を伊藤に回さなきゃ。


終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る