あほ丸!

鈴竹飛鳥

第1話 名乗るほどの者では

「学ラン姿のチョンマゲに助けられたってぇ!?」


 中学校の入学式前に、小学校からの友人同士である「中野林透なかのばやしとおる」と「久保大地くぼだいち」が話し込んでいる。事情を説明している方が中野林だ。細身でサラサラストレートヘアの爽やかな少年である。瞳もくっきりとした二重で髪も男子にしては長めなので、学ランを着ていなければ女の子に見間違われそうな風貌をしている。


「そうなんだよ! 今朝集合場所へ向かう途中、たぶんこの学校の先輩なんだけどさ……三人組みにつら貨せって体育館裏に連行されて……」

「今さっき?」

「うん。『金持ってんだろ、出せ』って脅されて」

「カツアゲ? マジであるのか。入学前からカツアゲってお前……」

 中野林の話を聞いているのが、久保。久保は面長でガッチリとした筋肉体型をしている。髪はスポーツマンらしく短髪で、染めているわけではないのだがほんのり茶色みがかった色素の薄い黒髪をしていた。

「てかさ、チョンマゲって?」

「チョンマゲ」

 中野林は真剣な表情でうなずいた。

「あの、髪の毛を高く結ぶ、あの、チョンマゲ?」

「そう! 時代劇とかに出てくる、あの、チョンマゲ! 脳天を剃り上げてはいなかったけど……そう、佐々木小次郎みたいな」

 そう話す中野林を疑いの目で見つめながら、

「それは、ない。いくらオレが単純で騙しやすいからって、そんな事を信じるわけ──」

 久保は首を横に振る。

「本当なんだって!」

 苦笑いしながら否定する久保に食い気味で中野林は訴えた。

「僕だって最初は目を疑ったよ? だけど本当に学ランを着たチョンマゲが突如現れたんだ!」

「ふ〜ん」

 久保はやはり信じられないといった調子でそう相槌をうった。

「『寄ってたかって貴様ら、カツアゲをしておるのか!?』って怒鳴ったんだ、そのチョンマゲが」

「へ〜え?」

「で、『そこの若いの、ここは拙者がかわろう』って、僕とそのカツアゲ三人組の間に割って入ってさ」

「ほ〜、てことはだいぶ歳上の人だったのか」

「いや、たぶん同じくらいだよ。学ラン着てたんだから、きっとこの学校の生徒だよ」

「だったら『若いの』ってオカシイだろ。それに『拙者』って」

「うん、だいぶオカシかった」

 中野林は真面目な顔でそう言った。

「わかったよ。そこまで言うなら、ひとまず続きを聞こう」

 久保は頷きながら腕を組んでそう言った。

「うん。それで、そのチョンマゲは僕に『早く逃げろ』って言ってくれて……」

「なんかカッケェじゃん。それで?」

久保は興味が湧いてきたらしく先を促した。

「でも僕、チョンマゲを置いて僕だけ逃げたら、チョンマゲが僕の代わりにカツアゲされるんじゃないかって、怖くて。せっかく助けてくれたのに、僕だけ助かろうとするのは悪いと思って……逃げられずにどうしたらいいかパニックになっちゃって」

「おぅ、それで?」

「そしたらそんな僕を見てチョンマゲが『案ずるな。大丈夫だ。拙者から金をせびることはできん、なぜなら──』」

 緊迫した面持ちで中野林は続ける。久保は、ごくり、と唾を飲み込む。

「『拙者は一文無しじゃからな!』って」

 久保はまた疑いのうすら笑いを浮かべている。中野林は

「本当なんだってば!」

 と身を乗り出した。

「それで小話はおわり?」

「いや、チョンマゲがカツアゲリーダーに胸ぐらつかまれて『テメェふざけるなよ』って。そしたらチョンマゲがニヤリって笑ってさ。それ見たカツアゲがキレてチョンマゲに頭突きしたんだ。そしたら『先に手を出したのはそっちじゃ、のう?』って、チョンマゲが僕の方見るから思わず頷いたんだけど」

「手を出したってより、頭出したってのが正しいけどな」

「次の瞬間、チョンマゲがカツアゲを殴り飛ばして……」

「チョンマゲつえぇじゃん」

「うん。なんか、喧嘩慣れしてる感じだった。カツアゲ3人組みは急いで逃げてって、僕は助かったんだけど」

「ほんとに?」

 中野林は頷きながら続きを話した。

「助けていただき、ありがとうございました、って、僕、チョンマゲにお礼を言って。あなたはこの学校の生徒ですか? 僕は中野林透と言います。今年入学の一年生です。あなたのお名前は……?って尋ねたんだ。そしたら……」

  中野林は真面目な顔で続けた。

「『名乗るほどの者ではない』って言い残して、風にチョンマゲをなびかせながら去ってった」

「どこの時代劇だよ、ソレ」

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