『俺達のグレートなキャンプ82 麻婆豆腐(一皿5kg)連続一気飲み大会』

海山純平

第82話 麻婆豆腐(一皿5kg)連続一気飲み大会

俺達のグレートなキャンプ82 麻婆豆腐(一皿5kg)連続一気飲み大会


夏の終わりの空が雲ひとつない青に染まった土曜日の朝。いつものように石川の軽トラックが、山奥のキャンプ場に轟音を響かせながら到着した。

「よっしゃあああああ!今日もグレートなキャンプの始まりだぁ!」

石川が運転席から飛び出すと同時に、荷台から巨大な段ボール箱がずらりと並んでいるのが見えた。その数、なんと二十箱。箱の側面には『業務用麻婆豆腐の素』『激辛』『5kg×4袋入り』の文字が踊っている。

(やばい...また何か始まった...)

助手席から降りてきた富山の顔が、既に青ざめていた。長年の経験が告げている。石川のテンションが最高潮の時は、必ず何かとんでもないことが起こると。

「石川くん、その段ボールは一体...?」

富山の声は震えていた。

「おっと!富山ちゃん、いいところに気がついた!」

石川は親指を天に向け、満面の笑みを浮かべる。その笑顔の輝きは、まさに悪魔のそれだった。

「実は昨日、中華料理店の店主と仲良くなってね!業務用の麻婆豆腐の素を格安で譲ってもらったんだ!一袋5kgが80袋!総重量400kg!」

「よ、400kg...?」

富山の声がかすれる。

そこへ千葉が軽快な足取りでやってきた。新品のキャンプ用品を身に纏い、目をキラキラと輝かせている。

「石川さん!今日はどんなグレートなキャンプですか?もう楽しみで昨日眠れませんでした!」

千葉の純粋な瞳が石川を見つめる。その無垢な視線に、石川のテンションはさらに上昇した。

「千葉くん!君のその意気やよし!今日はね...」

石川が一歩前に出て、両手を大きく広げる。キャンプ場に響き渡る声で宣言した。

「麻婆豆腐一気飲み大会だ!一皿5kg!限界まで挑戦だー!」

「おおおおおー!」

千葉が拳を突き上げる。その横で富山がガクッと膝から崩れ落ちた。

「ちょ、ちょっと待って!5kg?それって普通の麻婆豆腐の25人前よ?一気飲み?液体じゃないのに?」

富山の常識的な突っ込みが空しく響く。

「大丈夫大丈夫!豆腐を細かく潰して、片栗粉でとろとろにすれば飲み物になる!俺が昨日試作してみたんだ!」

石川がスマートフォンを取り出し、昨日撮影した動画を再生する。画面には、どろどろの赤い液体を一気に飲み干す石川の姿が映っていた。

「うげええええ...」

富山の顔が緑色に変わる。

「すごいです石川さん!でも5kgって、僕に飲めるでしょうか?」

千葉が不安そうに呟く。その純粋な心配に、石川は胸を張って答えた。

「心配無用だ千葉くん!段階的に挑戦するんだ!まずは1kg、次に2kg、3kg...と順番にステップアップしていけばいい!俺達のモットーは『どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる』だろ?」

「それは僕のモットーです...」

千葉が苦笑いを浮かべる。

キャンプ場の設営が始まった。石川と千葉がテントを張る間、富山は巨大な中華鍋とガスコンロを準備していた。業務用の機材は、まるで工事現場のような威圧感を放っている。

「あの...石川くん...」

富山がおそるおそる声をかける。

「なんだい富山ちゃん?」

「周りの人たちが...こっちを見てる...」

確かに、隣のサイトのファミリーキャンパーたちが、好奇心と恐怖の入り混じった表情でこちらを見つめていた。お父さんは双眼鏡まで取り出している。

「おお!観客が集まってきたじゃないか!これは盛り上がるぞ!」

石川の目がギラギラと輝く。完全に火がついた状態だった。

「み、みんなで楽しくやりましょう!」

千葉が慌てて手を振ると、隣のサイトの小学生が恐る恐る手を振り返してくれた。

準備が整った。巨大な中華鍋に麻婆豆腐の素が投入され、湯気が立ち上る。その匂いは半径100メートルに渡って漂い、キャンプ場全体が中華料理店のような香りに包まれた。

「よし!まずは俺が手本を見せよう!」

石川が軍手をはめ、エプロンを装着する。まるで格闘技の試合前のような緊張感が漂った。

「石川さん!頑張ってください!」

千葉が応援の声をあげる。富山は両手で顔を覆っていた。

「いくぞ!石川流、麻婆豆腐一気飲み!第一皿、1kg!」

巨大な丼に盛られた麻婆豆腐。普通の麻婆豆腐と違い、豆腐は完全に潰され、とろとろのスープ状になっている。見た目はまさに溶岩のようだ。

石川が丼を両手で持ち上げる。

「せーの!」

ゴクゴクゴクゴク...

「うおおおおおー!」

隣のサイトから歓声があがった。小学生たちが興奮して手を叩いている。

「完飲ー!」

石川が空になった丼を掲げる。額に汗が浮かび、顔は真っ赤になっていたが、その表情は達成感に満ちていた。

「すげえ...本当に飲んじゃった...」

富山が呟く。

「石川さん!僕も挑戦します!」

千葉が意気込んで立ち上がる。

「おお!千葉くん、その意気だ!でも最初は500gから始めよう!」

石川が小さめの丼に麻婆豆腐を注ぐ。それでも普通の麻婆豆腐の2.5人前だ。

「いきます!」

千葉が丼を持ち上げる。その手は微かに震えていた。

ゴクッ...ゴクッ...

「あ、あつい...でも美味しい...!」

千葉の顔がみるみる赤くなっていく。

「千葉くん頑張れー!」

石川が応援する。いつの間にか周りのキャンパーたちも集まってきて、小さな観客席ができていた。

「完飲です!」

千葉が丼を掲げると、拍手喝采が起こった。

「よし!俺は第二皿、2kg行くぞ!」

石川の挑戦は続く。今度はさらに大きな丼だ。

「だ、大丈夫なの?」

富山が心配そうに見守る。

「心配いらん!俺は石川だ!グレートなキャンパーだ!」

再び一気飲みが始まる。ゴクゴクゴクゴク...

「うぐぐぐ...」

今度は少し苦しそうだ。

「石川さん!無理しちゃダメです!」

千葉が心配して声をかける。

「だ、大丈夫だ...うぐ...」

なんとか完飲した石川。しかし明らかに限界が近づいていた。

「富山ちゃんも一口どう?」

石川がフラフラしながら富山に声をかける。

「え?私?い、いや、私はいいです...」

富山が手をひらひらと振る。

そんな時、隣のサイトのお父さんがやってきた。

「すみません、すごい挑戦ですね!うちの息子が興味を持ちまして...少し分けていただけませんか?」

「おお!大歓迎だ!みんなでやれば楽しさ倍増だ!」

石川の目が再び輝く。

気がつくと、キャンプ場の半分の人たちが集まってきていた。小学生から大学生、お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんまで。

「みんなで麻婆豆腐大会だ!」

石川の声に、歓声があがった。

「私も挑戦してみます!」

隣のサイトのお母さんが名乗りをあげる。

「僕も!」

小学生も手をあげる。

「みんな!無理は禁物だぞ!まずは100gから始めよう!」

石川がみんなに小さなカップを配る。

キャンプ場が祭りのような賑わいになった。あちこちで「うまい!」「辛い!」「もう一杯!」という声が響く。

「すごい...こんなに盛り上がるなんて...」

富山が目を丸くしている。

「ほらね!みんなでやれば楽しくなるって言ったでしょう!」

千葉が嬉しそうに笑う。

「千葉くん...君のモットーは正しかったな...」

石川がにやりと笑う。すでに3kg飲んでいるにも関わらず、まだまだ元気だった。

夕方になり、ついに石川の限界挑戦の時がやってきた。

「よし!最後は5kg完飲に挑戦だ!」

巨大な丼。まさに洗面器のようなサイズだった。

「石川さん!」

「石川くん!」

「石川おにいちゃん!」

キャンプ場中から応援の声があがる。

「みんな...ありがとう...」

石川が感動で涙ぐむ。

「いくぞ!グレートな麻婆豆腐一気飲み!最終章!」

ゴクゴクゴクゴク...

時間が止まったような静寂。みんなが固唾を飲んで見守る。

「うぐ...うぐぐ...」

石川の顔が青くなってきた。

「石川くん!無理しちゃダメよ!」

富山が心配して駆け寄る。

「だ、大丈夫だ...グレートなキャンパーは...最後まで...」

その時、小学生の一人が叫んだ。

「おにいちゃん!無理しなくていいよ!今日はもう十分楽しかったから!」

その言葉に、石川の手が止まった。

「...そうだな」

石川が丼を置く。

「俺一人でグレートなキャンプをしようとしてた。でも本当にグレートなのは...」

石川がキャンプ場を見回す。そこには笑顔あふれる人々の姿があった。

「みんなと一緒に楽しむことだったんだな」

「石川さん...」

千葉が感動している。

「というわけで!みんなで乾杯だ!残りの麻婆豆腐で!」

石川が叫ぶと、再び歓声があがった。

「かんぱーい!」

夜空に響く大合唱。キャンプ場が一つになった瞬間だった。

夜が更け、みんなが各々のテントに戻っていく。

「今日は本当に楽しかったです」

隣のサイトのお母さんが挨拶に来た。

「こちらこそ!また今度、一緒にキャンプしましょう!」

石川が爽やかに笑う。

「石川くん...今日はちょっと心配したけど...」

富山が安堵の表情を浮かべる。

「結果的に良かったじゃないか!みんな楽しんでくれたし!」

「そうですね!やっぱり『どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる』ですね!」

千葉が満足そうに微笑む。

「ああ!それが俺達のグレートなキャンプだ!」

石川が夜空を見上げる。満天の星が三人を見下ろしていた。

「さて、明日は何をしようかな...」

石川が呟く。

「え?まだ何かするんですか?」

千葉が目を輝かせる。

「もちろんだ!明日は『巨大おにぎり早食い大会』なんてどうかな?一個5kgの...」

「ちょっと待ったあああああ!」

富山の絶叫が夜空に響いた。

翌朝、キャンプ場には再び石川の軽トラックが到着していた。今度の荷台には『業務用米』の文字が躍る袋がずらりと並んでいた。

「今日もグレートなキャンプの始まりだー!」

石川の元気な声に、富山は深いため息をついた。しかし、その顔には小さな笑みが浮かんでいた。

千葉は相変わらず目をキラキラと輝かせて、新しい冒険への期待に胸を膨らませている。

こうして、石川達のグレートなキャンプは今日も続いていく。時には突拍子もなく、時には周りを巻き込んで、いつも笑顔と驚きに満ちた冒険が待っているのだった。

(完

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