第22話 別離と誓い
——ラフィニア視点——
アシュは——修道院から、そして私の前からいなくなった。
誰にも何も言わず、私にすら相談もなく。
残されたのは整然と畳まれた寝具と、アシュの着ていた修道服。
(そういえば、”守護騎士”の制服だけ無くなってる……)
ソフィアさんにお願いした、私が聖女になる条件の一つがあった。
——私が正式に聖女になったら、アシュを私の騎士にしてほしい。
彼女が、みんなに認めて貰える存在になれるように、と。
その証——黒と赤で彩られた制服だけが、この部屋から消えていた。
(どうして、守護騎士の制服を? アシュ……やっぱり私に何か隠してる)
思えば昨晩からアシュの様子はおかしかった。
いつものように笑い合ってはいたけど、どこか距離を保とうとしていた。
ふとした時に遠くを見ているような、表情に影の射すことが多かった気がする。
「アシュ……もうその時には、お別れを考えてたの? どうして、私にも言ってくれなかったの?」
私の独白は、少しだけ広く感じるようになった部屋で、寂しく木霊していた——。
アシュがいなくなった話は、すぐさま修道院を駆け巡った。
「ようやく悪魔が追放された」
「聖女様の威光に恐れをなした」
「私たちを惑わせた罰よ」
どれもアシュの事を知りもしない人たちの言葉だ。それでも、それが言葉の刃となってアシュを中傷し、私の胸を抉っていく。
「違う! アシュは——!」
思わず叫んだ私の声は、修道院の廊下にむなしく反響する。
——と、その場に居合わせたマーシーさんが私の言葉を遮った。
「ラフィニアさん。ソフィア様が呼んでおられます。急ぎこちらへ……」
怒りで息を切らした私の耳元で「今は我慢してください。アナタの立場が悪くなっては、アシュリーさんが救われない」とマーシーさんが小さく囁いた。
「マーシーさん……アシュがどうしていなくなったのか、ご存じですか?」
マーシーさんの後に付いて修道院の奥へと歩いていく。
いつもは鋭い口調の彼女が、沈んだ声音で口を開いた。
「いえ、わたくしにも分かりません。ただ……」
そう言ったマーシーさんの歩みが止まり、「院長室」と書かれた扉をノックする。
扉の向こう側から「どうぞ」とくぐもった声が返ってきた。
扉を開けようとした直前——マーシーさんの動きが止まり、小さな吐息とともに声が漏れた。
「
「はい。アシュは私なんかより、ずっと強い人です」
「……ならば、参りましょう。ソフィア様がお待ちです」
そうして扉が静かに開け放たれた。
その先で、ソフィアさんが語る真実は——私の想像を遥かに超えたものだった。
▽ ▽ ▽
院長室の奥——書斎机に向かうソフィアさんは、静かに祈りを捧げていた。
机の上には開封された書状と、幾つもの古びた文書が所狭しと並んでいる。
そのうちの一つ。開封されたモノを手に取って立ち上がると、私の傍へ歩み寄る。
よく見ると、その書状から白金の光が零れている。
(手紙に……ソフィアさんの封印魔法? どうして……?)
小さく首を傾げた私に、ソフィアさんが声を発した。
「………ラフィニア。きっとアナタを驚かせてしまうでしょう。でも、どうか最後まで聞いてほしいの」
その声音には、いつもの穏やかさに混じって、深い疲れの音が混じっていた。
「アシュリーが姿を消したのは、逃げたからではないわ……」
「……っ!」
私の喉から、言葉にならなかった吐息が漏れる。
「彼女は“
「でも、どうして……。守護騎士の任命はまだ正式なモノじゃないはずです。それに”守護者”って……?」
私の問いにソフィアさんは沈黙のまま、手にした書状の封印を解く。
淡い光を帯びた魔法文字が浮かび上がっては消え、宙を漂ったそれがアシュの筆跡だと、私はすぐに気付いた。
ソフィアさんは光の収まった書状を持ったまま、重い口を開いた。
「まず、アナタには真実を伝えてなかったわね……ごめんなさい」
頭を下げたソフィア様の白金色の髪がスルリと頬を滑って落ちる。
顔をあげた聖女さまの表情は初めて見る——後悔の色に染まっていた。
「守護騎士とは、聖女を守る盾であり剣。それは表の存在、光を共に歩くのが守護騎士——」
ソフィアさんは過去を思い出すように、窓から覗く曇天の空を見ている。
「——それに対し、守護者は聖女の影に生きる存在」
ソフィアさんは言葉に詰まる。あの聖女さまが、見たことがないくらい辛そうな顔をしている。
「契約魔法によって縛られ、闇に沈んで消える――それが
「どうして……? なんでアシュなんですか?」
ソフィアさんは言葉を発しないまま、再び頭を下げた。
そして、手に持った手紙を私へと差し出す。
アシュの少し崩れた字。
まだ、離れてほんの少ししか経ってないのに、酷く懐かしく感じる。
アシュが残してくれた唯一の痕跡。私は逸る気持ちを必死で抑え、手紙を開いた。
『ラフィニアを——帝国の闇から、少しでも遠ざけたい。
俺が一緒にいると彼女は孤立して、傷ついてしまう。
それは、耐えられない。
だから俺は、悪魔と呼ばれたまま消えます。
それが、今の俺にできる“盾”としての精一杯です。
最後に、ラフィニアには心の準備が必要だと思います。
彼女が落ち着くまで、助けてあげてください。
それじゃあ、行ってきます。
——アシュリー・フィリウス』
文字を目で追うたびに、胸の奥が焼けるように痛んだ。
「帝国の……影? 孤立?」
私が掠れて消えそうな声で問い返すと、ソフィアさんは頷いた。
「帝国の諜報部隊、
ソフィアさんはソファに腰を下ろし、私にも座るように促してくる。
「その魔法印の効果は、人々の無意識に『アシュリーが禍々しい存在だ』という錯覚を植え付けるものだった……」
「そ、そんな……じゃあ、アシュが受けた差別や嫌がらせは……」
「そう、すべて仕組まれたものよ。そうして、ラフィ——あなたを『悪魔に憑りつかれた娘』として、孤立させようとした……」
その時ソフィアさんの瞳に、怒りの感情が灯った気がした。
「彼女は——アシュリーはそれを、自分一人の力で断ち切ろうとした」
ソフィアさんの声がわずかに震えた。
その指先が、アシュの手紙が入っていた袋を優しく撫でる。
「あの子は、自分が“悪魔”として立ち去れば、あなたを守れると信じたのでしょう。……それほどまでに、あなたを大切に想っていた」
「……そんなの、間違ってる」
気付けば、涙が頬を滑り落ちていた。
どうして彼女は、いつも一人で背負おうとするのだろう。
どうして、私に頼ってくれないのだろう。
「アシュ……あなたは、私の希望なのに……」
私の呟きは、涙と一緒に床へと落ちる。
静かに立ち上がったソフィアさんは、私の隣へと腰を下ろす。
私の頭を抱き、絞り出すように言葉を口にした。
「まだ諦めるのは早いわ、ラフィ。アシュリーが選んだ“影”の道は、光という希望——つまり、アナタへと繋がる可能性が、まだ残っている」
「え……わた、し……?」
「そう。アナタがその光を絶やさなければ、アシュリーはきっと戻って来られるわ」
その言葉が、涙で曇った私の心に、かすかな希望を灯した。
たとえアシュが闇に沈んだとしても、私は——光であり続ける。
それが彼女を救うことになるなら……。
私に”魂を捧げる”と言った、私だけの
彼女の作った道を私が照らす——それが、アシュとの約束だから。
だからこそ——
「ソフィアさん……私、聖女になってみせます。アシュの進む道を照らしたいから」
この誓いを立てることが、出来たんだと思う————。
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