第二章 光の真実

リアの消息が絶ってから六ヶ月が過ぎた。


アランの調査は難航していた。

帝国魔導技術研究院は帝都でも有数の影響力を持つ組織で、一介の脚本家が内部情報を得ることは困難だった。


それでも彼は諦めなかった。

僅かな貯金を使って情報屋を雇い、研究院の元職員を探し出し、あらゆる手段を尽くして真実に迫ろうとした。


その過程で、アランは奇妙な事実に気づき始めた。

魔石照明の普及と時期を同じくして、多くの魔法使いが行方不明になっているのだ。

特に若い魔法使い、才能ある魔法使いの失踪が目立っていた。


「魔法の民主化」という美しい理念の影で、


ある雨の夜、アランは酒場で一人の男と出会った。

フードを深く被った中年の男性で、声をひそめてアランに話しかけてきた。


「君、エルドリッジの兄さんだろう?」


アランは身構えた。


「あなたは?」

「私の名前はアルヴィン・コルトハルト。元帝国魔導技術研究院の主任研究者だ」


その名前にアランは聞き覚えがあった。魔石技術の基礎理論を確立した天才学者として知られている人物だった。


「君の妹の指導教官だった」


コルトハルトは続けた。


「そして、私は彼女を守れなかった男だ」


アランの心臓が早鐘を打った。


「リアに何が起こったのですか?」


コルトハルトは深くため息をついた。


「まず、君に謝らねばならない。私が開発した技術が、このような形で悪用されるとは思わなかった」

「どういう意味ですか?」

「魔石技術の原理を発見したのは私だ。しかし、私の意図は純粋だった。魔法を使えない人々にも、魔法の恩恵を届けたい。そう思って研究を始めたのだ」


コルトハルトは震える手でグラスを持った。


「しかし、ヴォルテール院長は私の技術を別の方向に発展させた。魔法使いの魂から直接魔力を抽出し、それを魔石に封じ込める技術を」


血が凍るような感覚がアランを襲った。


「魂から…抽出?」

「ああ。生きている魔法使いから魂の一部を、場合によっては魂の全てを取り出し、それを製品化する。リアのような特別な才能を持つ魔法使いは、最高級品の原料として扱われる」

「そんな、馬鹿な」


アランは立ち上がった。


「それでは殺人じゃないか!」

「表向きは研究協力ということになっている。本人たちも最初はそう信じている。しかし、魂の抽出が進むと、人格が薄れ、最終的には…」


コルトハルトは言葉を詰まらせた。


「リアは? 妹はどうなったんだ!?」

「君の妹は最高級の製品となった。彼女の魂から作られた魔石は『温心灯』という商品名で販売されている。その温かい輝きは、帝都中の人々を魅了している」


アランは椅子に崩れ落ちた。


街角で見かけた魔石照明。

劇場を照らす美しい光。

病院で使われる癒やしの光。


それらの全てが、妹の魂だったのか。


「なぜ」


アランは絞り出すような声で尋ねた。


「なぜ黙って見ていたのですか……!」

「私は告発を試みた。しかし、ヴォルテールは巧妙だった。私を裏切り者として研究院から追放し、私の発言を狂人の戯言として処理した。証拠も全て隠滅された」


コルトハルトはアランを見つめた。


「しかし、君になら力を貸せる。私には証拠がある。リアの研究記録も、魂抽出の技術資料も、全て密かに保管している」

「何を……すればいいのですか?」

「まず、魔石の見分け方を覚えることだ。人工的に作られた魔石には、自然な魔法とは異なる特徴がある。そして、世間に真実を知らしめる方法を考えねばならない」


その夜から、アランの復讐が始まった。


コルトハルトの隠れ家で、アランは魔石技術の恐ろしい実態を学んだ。

魂抽出の過程、製品化の方法、販売ルート。

そして何より恐ろしいのは、この技術がいかに巧妙に隠蔽されているかということだった。


その夜から、アランは帝都中の魔石照明を見て回った。

最初に感じた直感は間違いではなかった。

どの光にも微かな違和感があり、そして言いようのない悲しみが漂っていた。


特に劇場で使われている『温心灯』を見た時、アランは確信した。

これは間違いなく妹の光だ。

その温かい輝きの奥に、助けを求める叫び声が隠されているような気がした。


「どうすれば」


アランはコルトハルトに尋ねた。


「どうすれば奴らに復讐できるんですか?」

「世間に真実を知らしめることだ。しかし、それには確実な証拠と、人々の注意を引く方法が必要だ」


アランは自分の手を見つめた。

魔法は使えない。

剣も振るえない。

金も権力もない。

ただの貧乏な脚本家。

しかし――


「方法なら思いつきました」


アランは顔を上げる。

その瞳には、氷のような冷たい光が宿っていた。


「私には脚本があります」


声音に一切の迷いはなかった。


「言葉こそが私の武器です。最高の舞台を用意してあげましょう――奴らの破滅という名の」

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