第一章 別れの季節
翌朝、アランが脚本の推敲をしていると、扉を叩く音が響いた。
開けてみると、上品な服装の中年男性が立っていた。
「エルドリッジ様のお宅でしょうか。私、帝国魔導技術研究院の職員、ガルヴァン・ノースと申します」
帝国魔導技術研究院。
最近話題の魔石技術を開発している組織だった。
「リア・エルドリッジ様はいらっしゃいますでしょうか。お話ししたいことがございまして」
リアが奥から出てきた。
ノースは彼女を見ると、明らかに満足そうな表情を浮かべた。
「素晴らしい。噂以上の美しい魔力をお持ちですね。実は、お嬢様の才能について、私どもの研究院よりお願いがございます」
居間に通したノースは、丁寧な口調で説明を始めた。
「私どもでは現在、魔法技術の革新的な研究を行っております。特に、魔法の力をより多くの人々が享受できるような技術開発に力を入れているのです」
「魔石のことでしょうか」
アランが口を挟んだ。
「ええ、その通りです。しかし、現在の魔石技術にはまだ限界があります。より高品質で、より人の心に響く魔法の光を実現するために、特別な才能を持つ魔法使いの方々に研究協力をお願いしているのです」
ノースはリアに向き直った。
「私どもでは現在、優秀な魔法使いの方々を調査させていただいており、お嬢様の才能が私どもの目に留まったのです。特に、その温かさと人を惹きつける力は、まさに奇跡的と言えるでしょう」
男性は続けた。
「私どもの最新鋭研究所では、魔法の可能性を追求し、より多くの人々の生活を豊かにする研究を行っております。お嬢様のような才能ある魔法使いに、ぜひとも研究に参加していただきたいのです」
リアは迷った様子を見せた。
「私の魔法が、人の役に立てるのでしょうか?」
「もちろんです。お嬢様の力があれば、病院で苦しむ患者さんを癒やし、暗い夜道を歩く人々を安全に導き、子供たちに美しい夢を見せることができるでしょう。魔法の民主化、それが私どもの理念です」
アランは胸に不安を覚えていた。
この男性の言葉は美しいが、なぜか心の奥に警戒心が生まれる。
「少し考える時間を」
アランが言いかけた時、リアが口を開いた。
「お受けします」
「リアっ!」
「兄さん」
リアはアランを見つめた。
「私、ずっと思っていたんだ。自分の魔法で多くの人を幸せにしたいって。これは、きっとその機会なんだ」
ノースは満足そうに頷いた。
「素晴らしいご判断です。来週の月曜日に、お迎えの馬車を差し向けます。研究院での生活に必要なものは全て用意いたします」
「あの」
アランが尋ねた。
「どのくらいの期間の研究になるのでしょうか?」
「それは研究の進捗によりますが、優秀な方ほど長期間お世話になることが多いですね。ただし、定期的にお便りをいただけますし、心配は無用です」
ノースが帰った後、アランとリアは長い時間話し合った。
「本当にいいのか?」
「ええ。兄さんだって、いつも言ってるじゃない。言葉の力で人の心を動かしたいって。私だって同じ。私の光で、多くの人の心を温めたい」
「でも……」
「大丈夫。手紙を書くし、きっと素晴らしい経験になる。そして帰ってきたら、お兄さんの脚本にもっと良い演出をつけられるようになってるから」
リアの決意は固かった。
アランは最終的に、妹の意志を尊重することにした。
一週間後、約束通り黒い馬車がやってきた。
リアは小さな鞄一つを持ち、アランに別れを告げた。
「必ず帰ってくる。約束だよ」
「ああ。待ってる」
馬車が走り去っていく姿を見送りながら、アランは知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。
最初の一ヶ月は、約束通り手紙が届いた。
研究院の美しい建物のこと、親切な研究者たちのこと、新しい魔法理論を学ぶ興奮のこと。
リアの文字は躍動感に満ち、充実した生活を物語っていた。
しかし、二ヶ月目に入ると、手紙の内容が変わり始めた。
短くなり、具体性を失い、どこか機械的な印象を与えるようになった。
そして三ヶ月目、手紙は完全に途絶えた。
アランは研究院に問い合わせの手紙を送った。返事は簡潔だった。
『リア・エルドリッジ様は重要な研究に集中されており、外部との接触を最小限に控えております。健康状態は良好であり、研究成果も期待を上回るものです。ご心配には及びません』
しかし、兄の本能は警告を発し続けていた。
何かがおかしい。
リアに何かが起こっている。
アランは脚本家としての仕事を放り出し、妹の行方を追い始めた。
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