第4話 「沈黙の椅子」

日曜の夕方、麗子の店「Bar Luminous」の

ドアベルが、控えめに鳴った。

悠はコートのポケットに手を突っ込んだまま、重たい足をカウンターまで運んだ。


「こんばんは、坊や。今日はやけに寒いわね。」

「……外も、家の中も寒いですよ。」


 カウンターに腰を下ろし、悠はグラスに注がれる氷の音を聞いていた。

父親と久しぶりに顔を合わせたが、会話はほとんどなかったという。

テレビの音が空気を埋め、沈黙がやけに大きく響いた。


「俺、昔から親父とまともに話したことなくて。実家帰っても、何話せばいいか分からないんですよ。」


 麗子はウイスキーを注ぎ、琥珀色の液体をゆっくり揺らした。

「男同士ってのはね、沈黙の間に愛情を置くのよ。」

悠が顔を上げると、麗子は氷をひとつ指先で回しながら続けた。


「言葉がなくても、そこに椅子があればいいの。隣に座ってる、それだけで十分な時もあるわ。」


 悠は、父と肩を並べて庭先に座っていた子供の頃を思い出した。

言葉はなかったけれど、風の匂いと焼き魚の香りは覚えている。


 グラスの底を見つめながら、

悠は「次の休みに帰ります」と小さく呟いた。

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