第6話 タイムリミット


 地上に戻ると、西日が廃墟街を赤く染めていた。


 崩れた街並みを見渡しながら、テルミナが尋ねてくる。


「それで? 集落ってどこにあるのよ」


「ここから歩いて三時間ほど。島の西側だ」


 俺の返答に、テルミナが悲鳴混じりの声を上げた。


「うえっ、また歩くの!? もう疲れたんだけど」


「文句言うな。ダンジョンに比べりゃマシだろ。それに、お前は浮けるんだから飛べばいいじゃねぇか」


「簡単に言わないでよー……。空を飛ぶのだって神力を消費するんだから」


 情けない顔でぼやくテルミナをよそに、俺はすでに歩き出していた。後ろから文句を言いながらも、しっかりついてくる気配がする。


 廃墟街を抜け、田園地帯へ入る。道中、彷徨う魔物と何度も遭遇し、戦闘のたびに時間と体力を削られた。


 ようやく集落の近くへ辿り着いた頃には、空はすっかり暮れていた。


 村の門前では、中年の男が篝火の明かりに照らされながら立っている。無精髭に覆われた顔には疲れが滲み、腰には手入れの行き届いた長剣がぶら下がっていた。島に住む覚醒者だろう。


 それを見たテルミナが呟く。


「第一市民発見、ね」


「市民ってより村人だな。この時代にはもう、都市や町なんてものは残っちゃいない。せいぜい、生き残った人間が寄り集まった小さな集落だけだ」


「話しかけても大丈夫?」


 俺は茂みに身を隠したまま男を観察し、低く答える。


「……まあ、疑われるのは当然だな。こんな状況で観光客なんて来るはずがない」


「じゃあどうするのよ」


「考えはある。たぶん、このやり方なら通用する」


 訝しげに見返してくるテルミナに、俺は肩をすくめた。

 彼女はため息まじりに言う。


「方法があるって言うなら任せるけど……くれぐれも〝制約〟には触れないようにね」


「ああ、分かってる」


 テルミナが姿を消したのを確認してから、俺は茂みを抜けて姿を現した。


 すぐに男が俺に気がついた。目つきを変えて、腰の剣に手をかける。俺は笑みを浮かべながら言った。


「驚かせてすみません。少し、お時間をいいですか?」


「なんだ、人間か……魔物かと思ったじゃないか」


 一瞬その意味が掴めなかったが、すぐに気づいた。『夜目』の異能を得た今、俺には夜でも昼のように景色が見えている。それで、暗闇の中を平然と歩いてくる俺の姿が、男には異様に映ったのだろう。


「すみません、ライトの電池が切れちゃって」


 適当な言い訳を口にすると、男は深く追及せず頷くだけで済ませてくれた。

 どうやら、人間だと分かったことで細かいことは気にしないことにしたらしい。


「……で? あんた、誰だ。 見ない顔だな」


「今日、この島に来た者です。ここに集落があると聞いて来ました」


「こんな時期に? 魔物が上陸してから定期船は止まってるはずだが……何の用だ?」


 男の眉間に皺が寄る。分かりやすく警戒しているが、ここまでは想定内だ。


「〝協会〟から派遣された覚醒者です。この島が、魔物と人間が争う折衝区域に指定されたと聞き、救援のために派遣されました」


 もちろん、デタラメだ。


 そんな話は聞いていないと、突っぱねられると予想していたが――


「ああ、アンタが……。お話は伺っていますよ。東京も大変でしょうに、まさか本当に応援を寄こすとは……」


 思いがけない言葉に、内心で眉をひそめた。


(……本当に、来る予定の人間がいたのか?)


 予想外の反応ではあったが、誤魔化すには充分だ。こちらの計画に、支障はない。


 平静を装って笑みを浮かべ、言葉を続ける。


赤坂仁あかさかじんです。この島の現状について、何か変わったことはありますか?」


 男は少し考え込み、重たげに口を開いた。


「変わったことね……魔物が島に入り込んでからというもの、何もかもが狂ってしまったが……そういえば、最近ひとつ、大きな話題があったな。金北山の山頂に、新しいダンジョンが現れたらしい」


 俺は眉を動かす。


 金北山といえば、佐渡島の中央部にそびえる山岳のことだ。

 魔物災害があったと記録されている場所とも一致する。


「危険度は?」


「入口の規模を見るかぎり、D級以上って話だ。調査隊がすでに派遣されてる。三日もすれば戻ってくるだろう」


「三日、か……」


 唇に手を当て、短く思案する。


 三日もあれば、幾つかの小規模なダンジョンを攻略することも不可能ではない。異能の回収も、それなりに進められるだろう。


 拠点としてこの集落に滞在するつもりだと伝えると、男は少し考え込んでから頷いた。


「……まあ、問題ないか。広場の方に行けば、寝床を用意してくれるはずだ」


 門が開き、男は道を譲ってくれた。


 俺は軽く頭を下げて集落の中へと足を踏み入れる。


 その途中でふと思い出し、振り返った。


「あの、すみません。一つだけ」


「なんだ?」


「今日って、何月何日ですか?」


「十月二十四日だけど、それがかしたか?」


「――いえ、ありがとうございます」


 一瞬、反応が遅れた。


 その言葉の重みが、すぐには受け止めきれなかった。


 男の傍を離れると、テルミナが静かに現れた。俺の顔を覗き込み、言葉を漏らす。


「残り七日ね」


「ああ。思っていたより……ずっと短い」


 佐渡島を襲う魔物災害――地上侵攻が始まるのは、十月三十一日だ。


 今日が二十四日であるなら、残された猶予は、わずか一週間しかない。


 限られた時間のなかで、俺はこの島の未来を、確実に変えねばならなかった。

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