第5話 過去を変える条件
手に入れた『夜目』の異能を使いながら、俺たちは地上へと戻る。
帰り道は、行きと比べものにならないほど快適だった。
ダンジョンコアを破壊した影響か、魔物たちの大半は戦意を喪失していた。すれ違っても、たいていは尻尾を巻いて逃げていく。戦闘に発展することは滅多になく、仮に気概のある個体がいても、今の俺にとっては脅威ではなかった。
『夜目』によって視界が確保されたことで、戦闘は格段に楽になった。こちらが先に気配を察知し、一撃で沈めることも難しくない。
そんな道中、テルミナが小首をかしげて問いかけてくる。
「これからどうするの?」
「これからって?」
「とぼけないで。この島の災害を止めるために、何か方法を考えてるのかって訊いてるのよ」
「ああ、そのことか」
俺はそう呟き、視線をさっき倒したコボルドの死骸へと移した。
返答の代わりに『吸収』を試してみたが、掌から広がった闇はすぐに弾けて消える。――またしても、失敗だ。
眉をひそめつつ、口を開く。
「この島の災害を止めるには、まずこの力をまともに扱えるようにならなきゃ話にならない。……問題は、それに費やせるだけの時間が、まだ残っているかどうかだ」
「時間って?」
「今が〝十年前〟ってのは間違いないみたいだけど、具体的な日付までは分かってない。お前、知らないか?」
この島が滅びた原因は、現代に残る記録では〝魔物による災害〟とされている。
なかでも特に甚大だったのが、〝魔物の
記録によれば、侵攻の始まりは十月三十一日の明朝。
発端となったのが、佐渡島中央部に出現したC級ダンジョンだった。
この時代に来てから、すでにいくつかのダンジョンを攻略したが、今のところ侵攻の兆しは見られない。
つまり、今が何日なのかさえ分かれば、どれほどの猶予があるのか見極められるというわけだ。
テルミナは「なるほど」と頷いたあと、申し訳なさそうに首を横に振った。
「残念だけど、私にも分からないの。回帰の力で指定できるのは、『十年前』という時間軸と、『災害が起きる直前』という曖昧な目安だけ。正確な日付までは特定できないわ」
「……だろうな。そんなことだろうと思った」
もし正確な日付が分かるなら、最初の説明で『何日以内に』といった期限が提示されていたはずだ。
この時代に来てから、俺はまず手始めにF級ダンジョンの攻略に取り掛かった。
結果として、力を封じられた今の状態でも、ある程度は戦えることが分かった。
魔力は微弱で、魔法も使えない。それでも、経験と技術があれば通用する。現状の手応えは悪くない。
(だが、それが通じるのは、せいぜいF級やE級までだ)
D級以上となれば、危険度は飛躍的に跳ね上がる。
今の俺の身体と魔力量では、対応しきれない局面も確実に増えるだろう。
許された時間も、力も限られている。無謀な突撃は、自滅を招くだけだ。
だからこそ、焦らないことが重要だった。
段階を踏み、一つずつ確実に進めていく。それが、今の俺にとって唯一の道だった。
(一度、情報を整理する必要があるな)
俺は小さく息を吐き、思考を巡らせた。
俺がこの時代に来た理由は明白だ。
未来で滅んだ世界を、過去に戻って書き換えるためである。
女神テルミナとの契約によって、その可能性は与えられた。だがその代償として、力の大半と自由は〝制約〟という形で封じられている。
送り込まれたのは、現代から十年前。魔物の侵攻が本格化する直前の佐渡島だった。
とはいえ、俺がこの時代、特にこの島の実情について知っていることは、決して多くない。
俺が把握しているのは、十月三十一日に〝魔物の
ただし、それらはあくまで後世にまとめられた情報にすぎず、当時の現場を正確に伝えているとは限らない。
空気の質、社会の雰囲気、人々の表情や生活感。そういった〝生きた情報〟は、記録からは読み取れない。
まして、十年前の俺はまだ覚醒者ではなかった。
魔物に怯えながら、ただ日々を生き延びることに必死な、力のない一般人だった。
社会の動向に気を配る余裕などなく、当時の出来事も断片的にしか覚えていない。
だからこそ、今の俺にできることは限られている。
この時代の〝現在地〟を、自分の目と足で確かめ、ひとつずつ情報を拾い集めていくしかない。
……とはいえ、いくつか分かっていることもある。
この世界は、現代と地続きの過去――すなわち、俺がかつて生きていた十年前の延長線上にある時代だ。
つまり、当時の俺が知る「世間一般の情勢」と、大きくは変わっていないはずである。
島の内部事情については不明な点が多い。だが、日本全体の状況としては、すでに社会が静かに、だが確実に崩壊へと向かっている。
物資は不足し、物流は滞り、社会秩序は目に見えぬかたちで綻び始めていた。
行政機関も体裁だけを保ち、実際の統治は断片的に留まっていた。
電力や通信といったインフラも安定せず、外界との接続は日を追うごとに希薄になりつつある。
人々は防衛と自給を兼ねた小さな集落に身を寄せ、日々の生活を凌いでいた。
未来のように世界が焼き尽くされたわけではない。だが、崩壊の予兆は確かに始まっていた。
音もなく、静かに。けれど着実に、文明は崩れていたのだ。
このままでは、未来と同じ結末を迎える。
それを回避するには、どこかにある〝打開の手段〟を見つけ出すしかない。
(そして、その手段となり得るのが――協力者だ)
テルミナの話によれば、この島のどこかに、俺と同じように彼女と契約を交わした人間が一人だけ存在しているという。
彼女はその人物を「協力者」と呼んでいた。
もしその協力者を見つけ出し、連携できれば、未来を変えるための確かな足がかりになる。
それが事実なら、今すべきことはひとつだ。
(まずは協力者を探す。そのためにも、拠点の確保が必要だな)
思考をまとめ、俺は口を開いた。
「島の集落に行こう」
「集落に?」
「この時代のどこかに協力者がいるんだろ? なら、人が集まる場所にいる可能性が高い」
たとえ見つからなくとも、集落なら拠点として機能するし、情報も得やすいはずだ。
「なあ、協力者が誰かと一緒にいるとき、その場で力を使えばどうなるんだ?」
「それは大丈夫よ。ただし、協力者以外の人間に見られたら、その時点で〝制約〟が破られたとみなされるわね」
「……そうかよ」
つまり、協力者が他人と行動していた場合、その前では力を使えないというわけだ。
「分かった。さっさとここを出るぞ」
「了解」
テルミナの返答を聞き、俺は足を進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます