第56話 世代を繋ぐ、遊びの時間
「……ありがとう。お姉ちゃん、もう、すっかり元気が出たよ」
佐藤さんが女の子の頭を優しく撫でると、女の子は「えへへ」と満足そうに笑った。
彼女は、膝の上のプルを愛おしそうに撫でながら、改めて囲炉裏の間を見渡した。
そこには、ただ酒を飲んで騒いでいる大人たちの姿だけではなかった。
子供たちが当たり前のようにその輪に溶け込み、お年寄りと笑い合い、モンスターと戯れている。そんな温かくて、少しだけ不思議な光景が広がっていた。
「私……少し頭が固くなっていたみたいです」
彼女は、俺に向かって、すっきりとした表情で言った。
「机の上の、難しい数字ばかりを見てい
て……。一番、大事なものが、すぐここにありましたね」
その横顔は、もう疲れた役場職員のものではなかった。この町を愛する、一人の優しい女性の顔に戻っていた。
元気を取り戻した佐藤さんに、子供たちが、わらわらと集まってくる。
そんな中、子どもたちは手持ち無沙汰になったのか、縁側で煙草をふかしていた鈴木さんの袖を引っぱった。
「ねえ、じいちゃん! なんか、面白い遊び、知らないの?」
その一言に、鈴木さんは、待ってましたとばかりに、カッと目を見開いた。
「おお、坊主! よくぞ聞いてくれた! よーし、じいちゃんが、電池もWi-Fiもいらない、昔ながらの遊びの極意を、お前たちに伝授してやろう!」
鈴木さんは、どこから取り出したのか、懐から、一本の赤い毛糸と、数枚の古びためんこ、そして、お手玉を、まるで宝物のように取り出して見せた。
「何それー? 面白くなさそー」
最初は、鼻で笑っていた子供たち。
だが、鈴木さんの指先が、魔法のように動いて、ただの毛糸から、あっという間に「ほうき」や「橋」を作り出す「あやとり」の妙技を見せると、その目は、みるみるうちに輝き始めた。
お手玉の、単純ながらも奥深いリズム。
めんこを地面に叩きつける、あの原始的な興奮。
スマホゲームにはない、アナログな遊びの面白さに、子供たちは、あっという間に夢中になっていった。
「ふっふっふ。どうだ、今の若いもんには、できまい!」
鈴木さんが得意げに胸を張る。
すると、その様子を見ていたリサが、負けじと立ち上がった。
「じゃあ、私からは、今どきの最先端の遊びを、皆さんにレクチャーしちゃいますよ!」
彼女は、スマホを取り出すと、ピクニコ動画で今、一番流行っているという、コミカルなダンス動画を再生した。
「はい、みんな、この動きを真似して! 右手をこうして、腰をこう!」
子供たちは、さすが現代っ子だ。あっという間にその動きをマスターし、キャッキャと笑いながら、奇妙なダンスを踊り始める。
そのあまりに楽しそうな光景に、ついに、今まで腕を組んで様子を見ていた、魚屋の大将までが、むずむずと体を動かし始めた。
「な、なんだか、面白そうじゃねえか……。よ、よし!」
大将は、ねじり鉢巻を締め直すと、おばちゃんの手を引いてダンスの輪の中に乱入した。
もちろん、その動きは、ロボットのようにぎこちなく、見ていられないほどダサい。
だが、その表情は、最高に楽しそうだった。
昭和の遊びと令和の遊び。
アナログとデジタル。
子供と、大人と、お年寄りと、そして、その周りを不思議そうに、しかし楽しげに眺めているモンスターたち。
すべてが、この民宿の小さな囲炉裏の間で、ごちゃ混ぜになって、一つの温かくて最高に幸せな輪を作っていた。
俺は、皆のために、鍋のおかわりをよそいながら、その光景を、ただただ夢のような気持ちで眺めていた。
東京で、俺が必死に探して、それでも決して見つけることができなかった「繋がり」。
お金では絶対に買うことのできない、かけがえのない宝物が、今、確かに目の前にあった。
俺は、ふと、思った。
この奇跡のような、とある一日を。
何かの形で永遠に残しておけないものだろうか、と。
その俺の心の声を聞きつけたかのように。
隣に立ったリサが、にっこりと悪戯っぽく、俺に微笑みかけた。
「ねえ、ご主人。今日のこの光景……やっぱり、一本の動画にして、たくさんの、たくさんの人たちに見てもらいませんか?」
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