青:異常

藤泉都理

青:異常




 モルフォチョウの青の色は、構造色。

 微細構造に当たった光の反射によって色素がないのに美しい青色が生まれる。


 空の青の色は、レイリー散乱。

 太陽光のうちの波長の短い青色の光が空気分子により散乱されやすく、その一部が目に入る事で青色に見える。


 海の青の色は、レイリー散乱と水自体の光の吸収。

 太陽光のうちの波長の短い青色の光が水分子により散乱されやすく、その一部が目に入る事で、また、青色の光は透過しやすい性質のため、青色に見える。











 マスター。

 マスター。

 何故あなたは私だけでは満足しないのでしょうか。

 構造色によって全身が青色に見えるように創られた、AI搭載のアンドロイドの私だけでは何故満足できないのでしょうか。

 マスターは疑似太陽を創り上げました。

 青色の光だけが欠損した疑似太陽をマスターは出来損ないと吐き捨てては破壊しようとしましたが、疑似太陽を必要とする方々にそれは阻まれました。

 青色は構造色でのみ目にする事が可能になりました。

 青色の光も放つ事ができる疑似太陽をどうしても創る事ができないマスターは、構造色の青色に対してこんなのは青ではないと怒り狂い、私を何度も何度も何度も破壊しては創り直しました。

 もしかしたらマスターの目には、構造色の青色は見えていないのかもしれないと気付きました。

 マスターの目には、私が青色に見えていないのかもしれないと気付きました。

 青色を欲しているマスターに青色を見せたい。

 その想いをどうしても言葉にできなかった私がただ、他の星々を旅したいですと言えばマスターは了承してくれました。私に宇宙船も贈ってくれました。


 花、鉱物、木、草、動物、布、器、家具、機械、分類不明なもの。

 青色に見えるものはすべて宇宙船に搭載しました。

 ある程度の量を宇宙船に搭載するとマスターに見せに行きました。

 完璧な疑似太陽を創る為に心身を削ぎ落していたマスターは、これは青ではないですと怒り狂いました。

 私はまた他の星々に旅に出ました。

 焦燥感は拭えません。

 もしかしたら一秒後にも、マスターは息絶えてしまうかもしれないと気付いてしまったのです。

 早く、はやく、ハヤク。

 マスターの望む青を見せたい。

 ではマスターが望む青とは何なのか。

 むやみやたらに青を集めてマスターに見せても、マスターが満足する事はないのだと気付きました。

 では、マスターが望む青とは何なのか。

 マスターが望む青とは、太陽が見せる青。

 太陽にしか見せられない青。

 太陽。

 一部の者しかその力を手中に収める事ができない太陽。

 辺境の星へと追いやられた私たちには見る事が叶わなくなった太陽。


 マスターを太陽が見える星まで不法侵入させるか。

 もしくは、太陽を私たちの星まで持ち運ぶか。

 どちらも非現実的だが、より現実的なのはもちろん、前者だろう。

 だけど。

 いつからか、











「………随分と無茶をしたようですね」

「マスター」

「何ですか?」

「マスター。私は日光浴をしてきました。とてもいい色に仕上がったでしょう?」


 元々断定的に言葉を発するアンドロイドだったが、この刻は常になく力が押し込められているような気がしたマスター。あらゆる箇所が欠損しているアンドロイドを注視しては、背を向けて歩き出した。


(分かっています。分かっていますとも。太陽の光を存分に浴びたところで、私の身体が青色に見える事はない事は重々分かっています。ええ、ええ。分かっていますとも。私の身体がすでに限界を迎えて、一秒後にはもしかしたら私は死を迎える可能性がある事も重々。マスターが私をもう見限ったのは………役立たずの私を修復してくれない事は重々承知していますとも。ねえ。マスター。私は、あなたに、あなたの望む青を見せたかったのです。私の想いを、きちんと言葉にして届けたかったです)




 あなたと共にあなたの青を共に見たかったのです。











「今の君の色は何色に見えますか?」

「何も………何色にも見えません。マスター、私は何色なのでしょうか?」

「ぼくには青色に見えます」

「そうですかっ! それはよかったですっ!」


 自分の身体が何色か分からないだけではなく、自分の身体すら見えなかったアンドロイドはしかし、飛び跳ねたいほどに喜びを露わにした。

 アンドロイドの目にマスターが見ている青色が見えないのは落胆したが、些末な事である。


「マスターおめでとうございますっ!」

「………何が、めでたいものか」

「マスター?」

「………また、失敗です。作り直さなければ、」

「マスター。もうお止めください。死んでしまいます」

「死ぬ? ぼくが死ぬだって? はは。面白い事を言うようになったな。――」

「マスター。何と言ったのですか? 私には分かりませんでした」

「ああ。ああ。そうでしょうね。ぼくも君の言葉が分からない時があります」

「マスター」

「ぼくは死にません。ぼくは完璧な疑似太陽を創り上げます」

「マスター」


 咄嗟に手を伸ばしたアンドロイドはしかし、マスターを掴む事は叶わず。

 マスターと。

 ただ名を呼ぶ事しかできなかった。











 アンドロイドにマスターと呼ばれた人造人間は、手首の腹を目に押し付けて、天井を仰いだ。


「ぼくと君が共に青色を見る事が叶わない事が世の常であるというのであれば、ぼくは異常になってみせる。取り戻してみせる。青を、」




 太陽を。

 膨大な水を。

 膨大な分子を。




「必ず、取り戻してみせるからなっ!」











(2025.8.9)



【参考文献 : 身の回りの色 〈東京工業大学名誉教授 渡邊 靖志〉】

【参考文献 : 『科学館日記』新潟県立自然科学館-スタッフコラム-「モルフォチョウのはねのヒミツ(2017年3月17日)投稿者:NIIGATA-SCIENCE-MUSEUM」




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青:異常 藤泉都理 @fujitori

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