夢で逢えたら……Part 2

伊藤優作

夢で逢えたら……Part 2

 男が袖で目を拭っていた。

 彼はつい先程、ある女と感動的な別れ話をしていたのだ。感動的というのは彼にとって感動的ということであり、つまり感傷に満ち溢れ、つつとしたたる涙を止められないだけでなくどこか望んでもいて、すれ違いや憎しみによってではなく、どうしようもない運命の導きによってぼくたちは引き裂かれるのだという認識を前提としており、総じて第三者からすれば小っ恥ずかしくて聞いていられないような、ということだから、詳しい内容については省略することにしよう。だが、彼が「夢で、また逢えたらなあ」といったことについては書いておかなければならない。

 ともかくも彼は独りになり、独りきりで、独りきりの部屋へ帰っていくことになる。

 泣きすぎたせいか喉が渇いたため、彼は駅前のコンビニに立ち寄ることにした。別れ話をした喫茶店からは徒歩5分程度と近いものの、彼は喫茶店の前で別れてから街をあてどなく歩き回るのにずいぶん時間を費やしたので、彼女と鉢合わせるなどということは思いもよらなかった。

 ドリンクコーナーの手前で彼は凍りついた。

 背丈はずいぶんと縮み、髪には白髪が目立ち、後ろ姿しかまだ見えていないものの、その人物はどう考えてもつい先程別れたばかりの彼女にしか見えなかった。彼は震えながら彼女の背中に近づいていった。あまりにも間違いなかったので、この世にはもともと間違いというものが存在しないのではないかと思えた。

 トントン、と肩を叩き、右へ振り返るだろうと思い右肩の上で人差し指を伸ばす。どうしようもない運命に導かれるようにして彼女は右へと振り返り、その頬に彼の人差し指が当たった。

 皺やシミが目立つその顔は、時間が干上がらせてしまった生というものをありありと表していたけれども、やはり彼女に間違いなかった。彼女も男が彼だということにすぐ気づいたに違いなかった。驚愕に目を見開いた彼女は「ぅわっ」と小さく叫んですぐに少女の時を取り戻したような軽やかな足取りで彼の左側を抜けると、たっ、たっ、たっ、という足音とともにコンビニの外へ駆け出していった。

 別れから再会に至るこの数十年間に、これ以外の何事も自分の身に起きなかったということが夢のような幸福であるのかどうかという問いは、彼には気づかれないままである。

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