第7話 合間の休憩

「……まだ、ちょっと重いな」


 朝目が覚めて、すぐには立ち上がれなかった。魔力制御の訓練は、想像以上に“心”を削っていた


 肉体だけじゃない、集中力と精神力がごっそり削れているのを実感する


 今日は、休みにしよう。そう決めたのは、昨日の夜の時点だった


 だが──家でじっとしているのは退屈だ。

 だから、俺は何となく街に出て、特に目的もなく歩いていた


 午後、日差しがちょうど傾きかけてきたころ。
 俺はふらっと、記憶の中で話していたかつて「父が若い頃によく使っていた」という訓練場の跡地に足を踏み入れていた


 もう誰も使っていない小さな野外の鍛錬所すぐ隣には古びた木製のベンチがあり、そこに腰を下ろす


「こんなとこに来るつもりじゃなかったんだけどな……」


 呟いた声に特に意味は無い


 父は、“幹部”と呼ばれる立場にいる。
 その実力と冷静な判断力は、街でも知らない者がいないほどだ。けれど──家では滅多に顔を合わせることはなかった。


 物心ついた頃には、すでに“遠い人”だったらしい


(それでも)


 この場所にはかつて誰かが使っていたであろう痕跡がまだ残っている


(……父さんも、何度も失敗して……それでも続けてたんだろうな)


 あの人のような技術や力が欲しい、とは思わない けれど、あの人のように「信念を持ってやり抜くこと」は、少しだけ羨ましいと思った。


 俺はまだ、火の魔力ひとつ、安定させるのに苦労している。
 でもそれでも、5日かけてようやく届いた力を、自分の中に“育てていく”ことならできるかもしれない


 ──たぶん、父もそうやって、自分の力を鍛えたのだろう


「……ふふ、こんな話、本人に言ったら鼻で笑われるか」



 自嘲気味に笑いながら、ポケットに手を入れると、迷宮の成功報酬「幸運の羽根飾り」が

指先に当たった。


 魔力的には何の効果もない、ただの飾りにしか見えないそれを、そっと握りしめる。


「さて…今日はもう帰るかなんか少し心が軽くなった」



ーーーーーーー


昨日は、ただぼんやりして終わった
いや、厳密には“父の過去をなぞった”ことで得るものはあったかもしれないが──


 でも、今日の俺には明確な目的がある

 休むために、きちんと行動する。それが今日の目標だ


 「……観察、だな」


 俺が向かったのは、街の南端にある「訓練ギルド」の見学席


 そこには、日々スキルや武技の修得を目指す若者や冒険者の卵たちが訪れている


 中に入るわけではない。ただ、外側から見るだけだが、それでいい

 俺の目的は“体を休めながら、他人の動きから学ぶこと”


 廃教会で5日かけて《火霊契約》を修得したあの日々
 魔力を練る動作や集中のリズムは、頭で分かっていても“客観視”できていなかった


 ならば、他人の訓練風景を見ることで、自分の中の動作を“言葉”に落とし込めるかもしれない


「……なるほど、ああやって腰を落としてるのか」


 そう呟きながら、木の陰に座って記録を取る
 使い慣れたノートではない、安物のメモ帳だが、十分だ


 しばらくして、少し老けたギルド関係者の男が近寄ってくる


「……おい、坊主。お前、ここに何しにきた? 何のつもりだ?」


 少し驚いた。だが、その人は怒っているわけではない。
 むしろ呆れ混じりに微笑んでいる


「あー……見学だけ。明確な目的はあります。今日は体を休めつつ」


「…お前あの父親の子だったな。あの人も昔、こんなとこで人の動きをよく見たいた」

 

 ──やっぱり、親子だからか?似てるのか


「しっかし、そういうとこ、妙に真面目だよな。遊び盛りの年頃だってのに、ホントに訓練好きだな?」


 「いや、遊びに来たつもりなんですけどね」


 ──そう言いながら、俺は《火霊契約》や剣と体の安定させるための呼吸法のメモを取り直していた


 どこかで、ちゃんと「生きること」に繋がる事を祈って
今見ている冒険者たちの背中も、そして俺の手の中にあるの物も──


 全部、未来に向けて積まれていく“下地”だ。


 「……明日から、また始めるか」

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