第36話 デスティニーランド

「真千田くん、終わったよ。降りないの?」


「——ああ、今降りるよ」


 いつの間にかアトラクションは終了していた。

 断片的には覚えていても、どういう内容だったのかさっぱり思い出せない。

 まあ星咲が来るまで時間は少しはあるだろうし、その間に思い出せばいいだろう。

 ぞろぞろと出ていく人の流れに乗っていると、出口付近に肩で息をする星咲が立っていた。


「ちょっと! はぁはぁはぁ——二人だけで乗るってどういうこと!」


 あの距離を走ってきたのか!

 何だろ……俺が呼んだはずなのに、凄く居心地が悪いぞ。


「私も乗るから——はぁはぁ——」


「わたしはここで待ってるから、星咲さんも真千田くんと二人で乗ればいいんじゃないかな」


「わ、わたしはそういうつもりで言ったんじゃないし!」


「でも真千田くんがエスコートしてくれるんだよ。だから二人で乗るのもいいと思うの」


「エスコート?」


 華野鳥はいきなり何を言い出すんだ……さっきのは自分から腕を絡めてきたんだろうに。

 俺が能動的に動いたような、誤解を与えるような表現はやめてほしいんだが。

 はっきりと言っておいたほうがいいな!


「あれは華野鳥が腕を絡めてきたから乗ったまでだ」


「でも拒否しなかったよね? てっきり進んでエスコートしてくれたものだと思っていたんだけど、違ったなら残念」


 俺は罠に嵌められているのか?

 華野鳥の発言で星咲に怪訝な顔で睨みつけられてるんだが。


「腕を絡めた?」


「ちょっと腕を絡めた形になっただけで、星咲が疑うような変な行動は取ってないからな。疑うなら星咲もやってみればわかるだろ」


 俺が肘を少し突き出し、ここに腕を入れろと言わんばかりに星咲にアピールしてみる。

 腕を絡めたというのは適切な言葉が思い浮かばなかっただけのことだ。

 密着したわけでもないし、華野鳥の言葉通りエスコートしたというのが一番しっくりくるレベルだ。


「じゃ、じゃあ私もやってみようかな……」


 普段とは違う、小鳥のさえずり程度の声で呟いた。

 らしくないな。

 星咲ならもっと俺をからかう勢いで来ると思ったんだけど。

 星咲の手が俺の肘の内側くらいを摘む感じでとまる。

 流石にこれは華野鳥のときとは比べ物にならないくらい遠慮気味だ。


「華野鳥はもう少し腕を入れてたぞ」


「わたしはこれで十分だし」


 相変わらず声は小さい。

 顔も伏せてしまっているため、どういう心境なのかも読み取れない。

 しかし、これでは華野鳥をエスコートしたときとは違いすぎるんだよな。

 何だったらあまりによそよそしすぎて、逆に危険かもしれない。


「もっとこうやって、内側まで手を通してくれないと」


 星咲の手を取ってもう少しだけ腕に密着するよう絡ませる。

 顔を伏せている様子から少しは嫌がるかと思ったが、そうでもないらしい。

 これで華野鳥と腕を組んだくらいの距離感になったかな。

 あくまでエスコートするためだけの、腕だけの最小限の接触だ。

 ——うん、思った以上に健全な姿に見えてきたぞ。


「どうだ、全然おかしくないだろ?」


「——そうだね」


 消え入りそうな声、真っ赤な耳、この二つを合わせて考えられる答えは一つで、間違いなく羞恥心からくるものに違いない。

 確かにこんな場所でエスコートしてもらって平気な者などそうそういないのは俺でもわかる。

 華野鳥はそういうところは一般人とは違うようだけど。

 心臓に毛が生えているとかそういうレベルじゃなく、心臓そのものが機械でできているんじゃないかというくらい頑丈だ。


「その前に、華野鳥! 連絡先交換しといてくれ。終わって出てきていないなんてことになったら大変だからな。忘れるところだった」


「うんいいよ。でも心配しなくても大人しく待っとくけどね」


 それでも念には念を入れておくほうがいい。

 スマホを取り出してQRコードを読み取る。

 これで離れ離れになっても問題ないはずだ。


「あ、今思いついたんだけど、残りのアトラクションも全部二人ずつ乗るのはどうかな?」


 華野鳥が笑顔で言う。

 態度からして裏があるわけではないのだろうが、そこがまた怖い。


「——それはつまり、俺に全部二回ずつ乗れということだよな?」


「そうなるかな」


「体力的な話なら問題ないが」


 違う部分に問題があるような気がしないでもない、というかその部分が一番問題だ。


「言っておくが、残りはエスコートしないからな」


「え~期待してたのに、それは残念かな」


 やっぱりそういうことだったか。

 星咲もきっとこれ以上は望んじゃいないはずだ。

 華野鳥にムキになってやってみたはいいものの、あまりの羞恥心にずっと俯いてるしな。


「じゃあ行くか」


 無言の星咲を連れて地下走行車の入口へ向かう。

 たまに見える横顔が真っ赤なのはある意味新鮮で見ていて面白い。

 いつも俺がからかわれてばかりだからな、こういう時くらいしか俺が優位に立てない。


「星咲、そんなに下ばかり向いてちゃ楽しめないぞ」


「わかってるってば」


 顔を上げる星咲は本当に顔が赤い。

 ここまで周りを気にするタイプだとは思わなかった。

 これ以上はちょっと可哀想かな?


「もう腕は離していいぞ。最後までやる意味もないしな。星咲がそんなに周りの目を気にするとは思わなかったわ。ちょっと強引にやらせたことは反省してる」


「大丈夫だから——」


 星咲の指の力が少し強くなったのが腕に伝わってくる。

 途中で投げるのは嫌だってことか。

 薄々気づいていたけど——星咲は華野鳥にライバル意識があるように思う。

 このデスティニーランドに来ることになった時も結構無茶して三人で来るようになったし、ヘリでも俺に対して華野鳥と同じことをしてきたしな。

 たぶん気づいているのは俺だけだろうから、胸の奥にそっと仕舞っておこう。


「ここは足元に気をつけろよ。来たことがある星咲には必要なかったか」


「——ううん、ありがと」


 走行車に着席してベルトを締める。

 華野鳥と乗った時よりモヤモヤしたものがないような気がする。

 やっぱり星咲を置いて先に乗った罪悪感みたいなものがあったのだろう。

 残りのアトラクションは二人と順番に乗ればいいだけだし、罪悪感は全く湧いてこないな。


「さっきは星咲を置いて乗ったから、自分の中に凄く罪悪感みたいなものがあったみたいだ」


「——じゃあ、次は私から乗ってよね」


「そうだな、順番でいうとそうなるか」


 星咲が白い歯を見せて笑ってくれた瞬間、ようやく肩の力が抜けた気がした。

 このあと残っていたアトラクションだけでなく、閉園まで延々二人に付き合うことになってしまった結果、俺の精神は無事限界を迎えていた。

 とはいえ、この疲れは不思議と心地よいものだった。

 だからといって、もう一度同じことをやれと言われたら……しばらくは遠慮したい。

 帰りのヘリはフロントシートに座らせてもらい、眠気に抗う間もなく意識が途切れた。

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