第15話 動き出す歯車

「ヨ~タ~、今晩のおかずな~に?」


 古音呼祭まで時間がないというのに、これといって何もしていない。

 というか何も思いつかない。

 こんなにも思いつかないとは流石に自分の想像力のなさに呆れてくる。


「もう、ヨータってば! お姉ちゃんお腹ペコペコなんだよ」


「アジフライとほうれん草のおひたし、キャベツと卵の洋風スープの予定」


「それで十分だけど、さっきからボーッとしてるけど大丈夫?」


 心配してくれるのはありがたいが、全く手伝おうとすらしないのは流石としか言いようがない。

 ソファに寝そべりながらファッション雑誌に目を通している姿に慣れすぎて、これがおかしいということすら感じなくなってきてしまっている。


「そこまで心配なら手伝ってくれてもいいんだぞ。姉貴でも何かの役には立つだろうし」


「ごめんね。今ちょっと忙しいから」


「マジで心配なんだけど、ちゃんと大学には行ってるんだろうな」


 普段からあまり学業に力を入れているようには見えない。

 モデルの仕事が本業になっているんじゃないかと思うときが多々ある。


「大丈夫大丈夫! 単位もちゃんと取ってますぅ。お姉ちゃんはしっかりした別人格なんだから」


 家の中ではダメダメ人間だという自覚があったことにちょっとほっとした。

 自覚すらなかったら弟として見過ごすわけにはいかなかったからな。


「そういうヨータこそボーッとすることなんてないのにどうしたのよ。心配事があるならお姉ちゃんが聞いてあげるわよ」


 キラキラした目を向けてこられても困るんだが。

 面白くも何ともないし、教えたところでいい答えが出てくるとも思えない。


「何でもないから」


「まさかお姉ちゃんに教えられないこと? まさか、好きな子ができたんじゃ」


「それでボーッとするほどってどんなだよ。あるわけない」


「でも心配事はあるんでしょ? 言っちゃいなよ! お姉ちゃんがズバッと解決してあげるから」


 こりゃ好奇心からただ聞きたいだけか……。

 このモードになった姉貴は結構しつこいし、さっさと話したほうが結果的に早く終るんだよな。


「今度古音呼学園で古音呼祭っていうのをやるんだけど、そこで一年は演劇をやるんだよ。それで俺はその演劇で主演をすることになったんだよ」


「ヨータが主演!? お姉ちゃん絶対行くから!」


「来なくていいって」


 主演までバラしたのは間違いだったか?

 だが、ここまで話してあとに引く選択肢はない。


「主演と言ってもセリフは自分で考えないといけないんだよ。半分即興劇みたいなものらしい。大幅な道筋は決まってるようだけど、細かい部分やどう分岐させるかはこっちで自由に変更していいんだ」


「変わった演劇だね」


 姉貴が首を傾げるのも当然だろう。

 この劇は華野鳥が言っていたようにある程度失敗を見越したものなんだろう。

 失敗して笑い合うことでクラスメイトの仲を深めるのもいいし、失敗したくないなら前もってコミュニケーションを密に取ることになる。

 結局成功しようと失敗しようとどちらでもいいのだろう。

 この演劇に成功を求めるのは本来間違いで、目的はコミュニケーションを学ぶことなのかもしれない。


「その顔はやる以上失敗はしたくないんだね。お姉ちゃんはわかってるよ~、ヨータは負けず嫌いだから」


「まあそうなんだけど、どうするのが一番なのかわからないんだよ」


「そんなの簡単じゃない。何も考えず楽しめばいいの。どっちの結末にもっていくとか、失敗したらどうしようとか、そんなことをいちいち演者が考える演劇じゃないのよ」


「それはいくらなんでも無責任すぎるだろ」


「そう? お姉ちゃんはいつも仕事を楽しんでるわよ。失敗したらそこで挽回すればいいんだから失敗なんて考えてない。ヨータがやる演劇もそういう類のものでしょ」


 それはそれでどうなんだろうか。

 上手くいっている間はいいんだろうが、周りの人間はたまったもんじゃない。

 俺も自分一人の失敗なら甘んじて受け入れるが、周りにだけは迷惑をかけたくない。

 姉貴の場合は失敗しない自信があって、なおかつそれに相応しいだけの実力も兼ね備えている。

 しかし、俺はそうじゃない。


「俺は姉貴みたいにはなれないよ」


「ヨータに足りないのは自信だけなのに。ヨータは何でもできるのに勿体ないって。もっと自信持たないとモテないよ~」


「俺がモテると思うか? 俺の顔を見たらみんな逃げて——」


 言葉を遮るように、テーブルに置いているスマホから普段聴かない音が鳴り、バイブでゆっくり回転しだした。


「ヨータのスマホが鳴るなんて珍しいね。もしかして彼女だったりして~」


「そんなことあるわけないだろ」


 鳴り止む気配がない。

 首からかけていたエプロンを脱ぎ、震えるスマホを掴みあげると意外な人物からの電話だ。


「もしもし、どうしたんだ?」


「どうしたんだって反応悪いなぁ。きっと野獣のセリフで困ってるだろうなって思って電話してあげたのに。というか初めての電話なんだし、最初くらい驚いたリアクションしてほしいなぁ」


 星咲の明るい声がスマホから明らかに漏れる。

 当然姉貴にも聞こえてしまっている。


「この声って女の子だよね! ヨータが女の子からの電話なんて……やっぱり彼女じゃない! 今度紹介してよ、変な子じゃないかお姉ちゃんが見てあげるから」


「姉貴煩いからちょっと黙っててくれ。電話が聞こえないだろ」


 やってることはただの小姑だな。

 スマホの反対側に耳を押し付ける勢いだぞ。


「ねえねえ、今女の人の声が聞こえたんだけど。もしかして近くに女の人いる?」


「ただの姉貴だ。つうかちょっと待っててくれ」


 盗み聞きじゃなく完全に電話に参加してこようとする姉貴が邪魔すぎる。


「それ以上邪魔するなら食事の用意はやめるからな」


「ご飯を人質に取るなんて悪魔の所業だよ~。お姉ちゃんはそんな子に育てた覚えはないのに」


「どちらかと言えば、俺が食わせてる気がするんだけど」


「てへっ♡」


 自分の頭をポコっと叩いてはいるが、可愛く叩きすぎだ。

 反省する姿を見せるならテーブルの角に頭をぶつけるくらいしないと。


「用事が済んだら用意するから、それまでここで大人しく待っててくれ」


「はーい」


 とはいえ電話は念の為に自室ですることにしよう……。

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