手紙を隠すなら手紙の中
教室に残ったのは僕と更上だけ。双方ろくに帰り支度もせずに見つめ合っていた。僕はいつもと同じ無表情で、更上は怒りとも軽蔑ともつかない鋭い目で。
「なんで心見を陥れるような真似したんだよ。友達じゃなかったのかよ」
と、更上は言う。
更上は、僕が心見の「不幸の手紙」を持っている事を知っていたし、おまけに今日一日で、役割を満足に果たせなかった不幸の手紙は何通も捨てられている。ゴミ箱をひっくり返せばいくらでも出てくるだろう。即ち、あの瞬間、不幸の手紙を持っていなかった人間は心見だけではなかった。
僕が彼女を犯人としたのは、それが最も都合が良かったからだ。彼女は人前で何か意見を言えるような性格じゃなかったから。僕が嘘をついても、そうと分かっていても、覆す力がなかったから。
彼女が走り去ったのはもちろん犯人だったからではない。衆目の視線に耐えきれなかったからだし、犯人扱いされた事が苦しかったからだし、そして何より、友人と信じていた僕が、裏切った事に傷付いたからだ。
「友達じゃないよ」
僕は悪びれずに言った。
「用事があったからね。あんな下らない事に時間を割いちゃいられない」
「サイテーだな、お前」
「軽蔑した?」
僕は、ポケットに丁寧にしまいこんだ……僕宛ての「不幸の手紙」をひらひらと掲げながら言う。
更上はいっとう目を鋭く尖らせて、それから瞑目して溜息をついた。
「サイテーなのは私もか」
独り言だろう。僕は何も言わなかった。
「いや、アタシはお前のそういう所が好きだよ。誰も特別じゃない。誰の特別にもならない。悪い意味で平等で、良い意味で孤独だ。だからアタシは、お前が欲しい」
「面白い企みだったね」
厳密に言えば全員に不幸の手紙は届いていない……これは、本当の事だった。不幸の手紙を受け取らなかった唯一の人物、それは僕だ。
だから僕はハナから全て分かっていた。犯人から逆算したのは目的じゃなく、どうやって嘘をつくかということだった。
僕宛ての不幸の手紙……もとい、更上からのラブレター。内容は不幸の手紙とは似ても似つかない、情熱的な愛の告白だった。今彼女が、僕にしたような。
木を隠すなら森の中、手紙を隠すなら手紙の中、想いを秘めるなら胸の中、
この学校の下駄箱は扉がついていないタイプ。手紙を置けば誰かに知れる。彼女はそれを良しとしなかった。メッセージアプリを使用しなかったのは、それこそ恋する乙女の心の機微で、無機質な機械の文字を良しとしなかったからか。
「こんな騒ぎになるなんて思ってなかったし。くそ、こんな事なら幸福の手紙にしとくべきだったわ」
「まあ大した問題じゃないさ。先生も事を大袈裟にして後悔している風だったし、クラスメート諸兄も心見に対して何か悪感情を持った様子じゃなかった。なんなら好意的な意見まであったくらいだ」
「そういう問題じゃねえだろ、ったく。フォロー入れなきゃじゃん。クラスにも、心見にも」
「よろしく」
僕もメッセージアプリはある程度使えるようになったけれど、クラスのほぼ全員が参加しているらしいグループとやらには入っていないから。
「お前も入れって」
「遠慮しとくよ。結局僕は何かクラス会とかがあったところで参加しないし、会話もしない。何もしないなら無いのと同じだ」
居ないのと同じだ。
「それで、返事だけれど」
「あー待って待って待って! 今は無理。ゼッテー振られんの分かってっから何も言うな! 明日、明日にしろ」
更上は押し付けるように僕に何かを渡してきた。その紙切れは、不幸の手紙でもラブレターでもなくて、近くの街の遊園地、そのチケットだった。
「デートしようぜ。めいっぱいお洒落してくっから。そんでお前を惚れさせるから、覚悟しろよ」
更上は歯を見せて笑った。
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