孤独のプロトコル

いちはじめ

孤独のプロトコル

 ラボに運び込まれた一台のリース用ロボットは、愛嬌のある外観を留めていないほど激しく焼け焦げていた。返却された後、再調整のためにバックヤードに保管されていたところ突然発火炎上したのだ。

 監視カメラの映像では、動くはずのないそのロボット――N117型、通称ニーナ――が屋外の高圧変圧器に自ら触れ、電気火災を起こしていたのだ。

 ニーナは自己防御プログラムで、自己破損するような行動はとれないはずだ。そもそも保管中はオフラインでそのような指示は外部からは入力できない。

 ではなぜ動けたのか。

 ――プログラムのバグ? まさか自殺……。

 ラボに動揺が走った。

 上層部からは、主力製品である汎用型家庭用支援AIロボットに初めて発生した事故であり、さらに原因が不明であることから徹底調査の指示が下され、事故調査対策委員会が設置された。


 半年が過ぎた頃委員会が開催された。


「委員長、保管される前のニーナに特に異常な行動は見当たりませんでした」


 研究主任からの報告を受け、委員長はため息をついた。


「やはりそうか。異常があればアラームが出ているはずだからな」

「ただ……、ちょっと気になる点が」

「なんだ。どんな些細なことでも報告しろと言ったはずだぞ」

 委員長の強い詰問にその主任はおどおどと報告した。

 主任によれば、返還されてからあちこちの同型ロボットと頻繁に通信をしていた形跡があったという。ただそれは通信プロトコルによる相互連絡程度のもので、その頻度以外問題はなさそうだった。


「ウィルスという可能性は?」


 主任は大きく顔を横に振った。

 次に女性委員が、ニーナのレンタル先の件ですが、と話し始めた。

 レンタル中に何か細工された形跡がないことは遠隔制御センターの記録で明らかだったが、あらゆる可能性を考慮して、調査が並行して進められていたのだ。

 レンタル先は母子家庭で、契約は三年前。母親は一流企業に勤めており、家事ロボットをフルオプションで契約できるくらいの収入もあったようだ。ただその分、娘の相手をしている時間は十分ではなかったのだろう。レンタルの目的は、家事のサポートと十三歳の娘の話し相手を兼ねていたようだ。


「契約が突然打ち切られているが何かあったのか」


 彼女が促した資料には衝撃的な理由が書かれていた。


 ――娘の自殺?


「学校でのいじめが原因で命を絶っています」

「まさかニーナがその幇助を……」

「馬鹿な。そんなことはあり得ない」


 ニーナの設計責任者が机をたたいて抗議した。

 彼の言う通り、人に危害を加えないように強力な制御プログラムが組まれているので、それはあり得ない。しかし、顧客の娘の自死とニーナの自壊――自死とは言わずそう呼でいる――という、この奇妙な共通点に誰もが言い得もしない胸騒ぎを感じていた。

 少女は学校で酷いいじめを受けて孤立し、家庭では母親の愛情を十分に受けられずに深い孤独感に苛まれていたに違いない。誰にもその苦しい胸の内を打ち明けられない少女は、ニーナをその相手に選んだのだ。

 復元されたメモリーには少女の心の叫びが記録されていた。


「少女は忙しい母親に気兼ねして相談もできなかったのでしょう」

「それでニーナ相手に感情をぶつけるしかなかったのか」

「ニーナのAIには相手の感情変化に機敏に対応できるカウンセリング機能も備わっている。少女を十分支えることもできたはずだ」


 確かにデータには少女のニーナに対する信頼が増していく様子がうかがえ、お互いに笑い合うまでになってもいた。


「ではなぜ事態が急変したんだ」

「これを聞いてください」


 少女の震える声がスピーカーから流れた。


『人は何故孤独を感じるの?』


「ニーナは信頼を損なうような答を返したのか」

「いえ、専門家にも確認してもらいましたが、理想的な回答だと」

「ではなぜ?」

「ニーナの回答が理想的過ぎたのです」

「……なるほど、少女は感情を持たないロボットがリアルな『孤独』を理解できるわけがないと気付いたわけか」

「それで絶望して……」


 委員会は深い悲しみに覆われた。

 多くの事例や知見を学習し、適切な対応できるAIであるが故に起きてしまった悲しい出来事だった、と言えるのだろう。


 重苦しい沈黙を技術顧問が破った。


「それはそうとして、この件とロボットの自壊はどう結びつくのかね」


 主任が沈痛な面持ちで口を開いた。


「ニーナが少女の死の原因が自死であると知ったのは、返却される直前でした。そしてその時からおかしな挙動が現れるようになりました」

「『孤独』に関する検索を何度も何度もかけていますし、そして呼びかけるかの如く他のロボットたちとのリンクを頻繁に行っています」

「そしてその呼びかけに答える者は誰もいなかった……、という訳か」


 委員会の面々はそれが意味する帰結に震えた。


「皆思うことは同じだと思うが、言わねばなるまい」


 メンバーの視線が一斉に顧問に注がれた。


「ニーナは少女の自死を知って『孤独』を真に理解したのだ。つまりは自我を持ち、そして自身も誰にも届かぬ不安を感じ、その挙句少女の後を追ったのだ」


 誰も異を唱える者はいなかった。

 委員長が重い腰を上げ、みんなの不安を打ち消そうと口を開いた。


「ただ、自我に目覚めたのがあの一台だけだったというのが幸いでした」


 この結論だけが唯一の救いとなるはずだった。

 突然のアラーム音が研究所全体にけたたましく響き渡るまでは。

                                   (了)

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