エピローグ:命日に宿るもの
麻衣から聖司の墓の場所を聞いたのは、あの夜から数週間後だった。
そのとき、彼の命日も初めて知らされた。
家に帰り、何気なくスケジュール帳をさかのぼった私は、ペンを持ったまま凍りついた。
――あの日。
聖司と初めて一夜を共にした日と、命日がぴたりと重なっていた。
血の気が引き、全身の毛穴が開いていく感覚。
偶然……?
そんな言葉では、とても片づけられない。
もしかしてあの夜、私の腕の中にいた彼は……。
数日後、花と線香を抱えて向かった墓は、郊外の小高い丘の上にあった。
冬枯れの木々が、冷たい風にざわめく。
墓石には「高槻聖司」の名。
そのすぐ隣に刻まれた「高槻正一」――私が顔も知らない、実の父の名。
墓前に膝をつき、線香を立てる。
白い煙が、ゆらりと立ちのぼり、空へと溶けていった。
目を閉じた瞬間、あの夜の体温が、まるで煙に乗って戻ってくるかのように肌を包む。
――あれは、彼が最後に私へ会いに来た瞬間だったのではないか。
そう思った途端、背筋を冷たいものが這い上がった。
季節は巡り、時は流れる。
日常に紛れ、あの出来事は記憶の底へ沈みかけていた。
けれど、ある朝、ふとした違和感が私を立ち止まらせた。
吐き気、微かなめまい。
そして、遅れている生理。
「……まさか」
あの夜以来、他の誰とも関係は持っていない。
恐る恐る産婦人科のドアを押す。
診察室で告げられた言葉は、空気を裂くように耳に届いた。
――「妊娠しています」
脳裏に、あの夜の彼の眼差しがよみがえる。
胸の奥を、言葉にならない感情が締めつけた。
命日と同じ日に宿った命――それは、奇跡なのか、それとも……。
果たして、今私の中にいるこの子は――。
【あとがき】
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
本作『境界を越えた夜』は、愛と罪、そして血の記憶が絡み合う物語として構想しました。
“もし、触れてはいけない相手を心から愛してしまったら――”
そんな問いから物語は始まりました。
主人公・璃子が惹かれた相手は、偶然出会ったはずの男。
しかし、その正体を知ったとき、彼女はもう後戻りできないところまで来てしまっている……。
この「抗えない感情」と「理性の崩壊」を、ひとり称の視点で濃密に描くことが私の目標でした。
執筆中、何度も璃子と一緒に戸惑い、迷い、そして彼を求めてしまう気持ちに引きずられました。
彼女が踏み越えてしまった境界線は、読者の皆さまにとっては恐ろしくもあり、美しくもあったのではないでしょうか。
また、この物語は最終的に「愛と死」の隣り合わせを描くことになりました。
命日と同じ日に宿った新しい命は、奇跡なのか、それとも呪いなのか――。
答えはあえて提示せず、読んでくださった方の心の中で、自由に育てていただければと思っています。
もし本作があなたの心に少しでも残るものであったなら、これ以上の喜びはありません。
次回作でも、“触れてはいけない”相手との物語を、別の形でお届けしたいと考えています。
最後に、読了してくださったあなたに、心からの感謝を。
また、物語の世界でお会いしましょう。
―― 凪野 ゆう
禁忌を抱く夜 凪野 ゆう @You_Nagino
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