第25話 悲しみの記録
白い空間の中心に、仮面の少女が立っていた。 涙の模様が刻まれたその仮面は、感情を隠すためのものではなく―― “感情そのもの”だった。
「始める」
少女の声は、静かだった。
「あなたたちが、記録を開いた。ならば、悲しみを見せる」
空間が揺れる。 霧が巻き上がり、映像が浮かび上がる。
最初に現れたのは――ミナ。 妹の記録。 笑顔ではない。 泣いていた。
「……兄さん、ごめんね」
ミナの声が震えていた。
「本当は、怖かった。異能も、記録も、全部。だけど、兄さんが笑ってくれるから、私も笑わなきゃって……」
レンは、拳を握った。ミナの涙。それは、記録されなかった感情。笑顔の裏に、ずっと隠れていたもの。
「俺……何も知らなかった」
声が、震えていた。
「知っていたら、守れたか?」
仮面の少女が問う。
「……わからない。でも、知りたかった。知ることで、壊れるなら、それでもいい」
映像が、静かに溶けて消えていく。
次に現れたのは――小さな少女。感情を遮断された瞳。何も言わない。ただ、静かに座っていた。
「彼女は、記録されなかった。感情を奪われ、記録にすらならなかった」
少女の声が、空間に響く。ライが無言で俯いて、ただ、拳を握りしめていた。……この女の子は、ライの妹なのかもしれない。
「彼女は、最後まで“いていい”と言われなかった。だから、消えた」
「……うるさい」
ライの声は、低かった。
「誰かが、あいつに“いていい”って言ってたら、違ったかもしれねぇのに」
「でも、誰も言わなかった」
少女が言う。
「あなたも、言えなかった」
ライは、拳を震わせた。
「……俺が言う前に、あいつは消えた」
沈黙。空気が、重く沈む。
「悲しみは、記録されなかった感情の中で、最も深い」
少女が言う。
「それを見て、壊れずにいられるか。それが、試練」
レンは、ミナの涙を思い出す。 ライは、妹の沈黙を思い出す。
「……俺は、壊れてもいい。でも、壊れたままにはしない」
俺は、ポツリとつぶやいた。でも、ライは違った。
「……俺、お前がいなきゃいけなかったンだよ。なあ、なんでそっちに行っちまったンだよ。伝わってると思ってた。……戻って、来いよ。なんでだよ。俺は、お前がいてくれなきゃ、ダメなんだっつの……」
ライが、足元から壊れかけている。すると、ライの妹が言った。
「……おにいちゃん?おにいちゃんだぁ。ねぇねぇ、おにいちゃん。じぶんの、あんよみて?ばらばらしてるよ?やぁよ?おにいちゃんは、ないないだめよ。おにいちゃん、ばいばいするまえ、いったよ?おにいちゃんつよいから、しんぱいするなって。おにいちゃんつよいよ?つよいおにいちゃんは、こわれちゃだぁめなの」
その言葉に、空間が震えた。ライの目から涙が溢れる。それを隠すようにライは涙を拭いながら言う。
「ごめんな、ごめんなァ。……お前はさ、俺にとって、いるべき人だよ」
仮面の少女が、静かに仮面を外す。 その顔には、涙が流れていた。
「試練、通過。あなたたちは、悲しみを受け止めた」
空間が、少しだけ明るくなる。 でも、まだ終わりではない。
「次は――怒りの記録」
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