第38話 朝まだき2
狐尾のかたり
ミカエル様は執務室の椅子に座り目を閉じていた。他から見れば瞑想しているように見えたかもしれない。が、実は10分間だけ目を閉じていただけなのだ。時間を無駄にすることを小さな楽しみとしていた。そして時計が3時を指したところで目を開けた。インターホンを押し、待機をするヒミコを呼ぶよう秘書官に命じた。しばらくするとドアがノックされヒミコが入ってくる。ミカエル様は応接ブースにヒミコを案内するとソファーに座るように促した。
「ご苦労でした。君たちのおかげでマリーを無事回収できた」
語り ヒミコ・アスクレーピオス・トヨウケビメ
わたしは大いに不満だった。大大不満だった。
「君たちとはインディ・ルースも含まれているのですか」
わたしはミカエル様を見ずに、目の前に置かれたアンティークな小壺を見て言った。
ミカエル様はカップを二つ置き、ミルクパンに入った熱いチョコレートを注いでくださった。
「もちろんだ。これからもインディは君にとって大事な仲間だよ」
不満は続くけど、カカオの香りが慰めと美味なる期待をもたらしてくれた。
「さあ、たくさん入れて甘くしよう」
ミカエル様は微笑されると小壺を開けた。小壺には漂白されてないお砂糖が入っていた。
ミカエル様は甘いものがお好きのようだ。わたしも大好きだ。出されたホットチョコレートにたくさんお砂糖を入れた。
わたしはスプーンを回し終えると聞いてみた。
「インディが大事な仲間とはどういう意味ですか」
もう悪い予感しかしない。平静を装いカップを手に取り口元まで運んだ。
「ヒミコ、君はインディと一緒に日本に帰る。そしてアスラ・イシュタル姉妹を指揮し、人類を地球的規模の災厄から護らねばならない」
「ブッ・・」
わたしはカップを落としそうになった。併せてゲボゲボとむせもした。
恐る恐るミカエル様を見ると白い天使服に茶色の点々をたくさんつくってた。
「あわわわっ!」
大混乱した。メガネもずれた。
でもミカエル様はにこやかにお笑いになった。
「ヒミコ、マリーの回収をお前に任せた訳がここにある。やってくれるね」
もちろんわたしは驚き、慌てふためいていた。
「そそうをお許し下さいっ。で、でもお話が超巨大過ぎて、さっぱり意味がわかりません」
わたしはカップを慌ててテーブルに置いた。倒してしまった。
「きゃ!」
わたしに混乱が追加された。
ミカエル様は普通に布巾をお取りになると、
「質問されてもまだ言えない」
自らテーブルをお拭きになった。それからしょげているわたしに、
「あれからインディを配置転換させた。いまは秘書課にきている。さあインディを紹介しよう」
ミカエル様はインターホンのボタンを押した。
しばらくするとノックと同時にインディが執務室に入ってきた。
「インディご苦労さま。こっちへ来てくれ。ここにいるのが誰かわかるね」
インディはわたしの顔を見るとニコリと笑った。
想像どうり童顔のチビッ子で、母神の影響だろう、体付きはわたしと同じモンゴロイド体形。妹と違い、お父様に似ない自分を見るようで同属嫌悪に陥ってしまった。
「あなたがインディこと、ルース・トート・パチャママね。先日はお世話になったわ」
「ヒミコ、覚えてくれててうれしいわ」
相変わらず、脳を刺激する幼児な声だ。
「あんた他人に言うほどでかくないわよ」
「いいえ。上背は負けるけど、わたしの方が大きいし、かたちもいいもん。公平な審判もいらっしゃるし、見比べてもらいましょうよ」
なんとこいつはミカエル様の前で堂々と天使服を脱ごうとしてる。
見かねたミカエル様が厳しく仰った。
「一度言ったよ。その気になれば脱がなくても見える。さあ二人とも、仕事の話だけをしよう」
ミカエル様はいがみ合うわたし達を見て一度頭を抱えた。それからインディの紹介を始めた。
「ヒミコ、インディはコンピューターのエキスパートだ。人間社会は知っての通りコンピューターで動いている。それを熟知しているインディは大きな戦力となるはずだ」
「ではわたしの指揮とは具体的に何ですか」
「舞台は日本だ。前面に立つのはアスラ・イシュタル姉妹だが、姉妹もインディも日本を知らない。とくにマリーは情緒も安定しておらず浦島太郎状態だ。現地に詳しい有能なアドバイザーも必要なのだよ」
インディがミカエル様を上目で見て質問した。
「ウラシマタロウて何ですか」
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