第37話 朝まだき1
狐尾のかたり
マリーの反省が確認された訳ではない。回収されたマリーはミカエル様の監視のもとに留置された。再度裁判員が召集され審議することになった。結果によってはまた懲罰の園へ再収監となる。
マリーはミカエル様に伴われて出廷した。
最初に牛頭の裁判長がミカエル様に問いただした。
「ミカエル君、君は独断で収監人を出獄させた。もちろん訳があるはずだ。まずそれを聞かせてもらおう」
「審議を待たずに出獄させたのは越権行為でした。司法サイドに謝罪いたします」
居並ぶ裁判員にミカエル様は頭を下げだ。しかしミカエル様は多少茶目っ気をくわえてこうも言った。
「しかしマリーは悔い改めたも同然です。荒れた環境を見事に改善させました。マリーはある種の悟りを得て、無我の境地にあったといえましょう」
牛頭の裁判長は半眼でミカエル様を見た。
「ミカエル君、君は本気で言っているのかね」
「なかば本気です。皆様、いまマリーに邪心を感じますか。わたしには感じられません。しかし改心したとも思えず、邪心はまだ眠っているのかもしれません。そこで父母神より提案があります」
ミカエル様が話しを区切るとマリーの母神イシュタル様が入廷した。
そのみごとな色香に裁判員から感嘆の声がもれる。マリーの顔もわずかにほころんだ。
だが直後に父神のアスラ様が姿を現すと、裁判員からブーイングにも似たトーンの下がる声がもれ、マリーもミカエル様の後ろに隠れた。
「差別だ」
アスラ様は不敵な笑いを浮かべたら首をかしげた。威厳も落着きもない態度はまるで不良少年のようである。アスラ様は協会入りするまで、行いは極めて悪かった。
アスラ様とイシュタル様は裁判員の前に立つ。そしてイシュタル様から発言があった。
「人間世界には保護観察処分と言うものがあるそうです。今後はわたし達が責任をもって見守ります。どうか、よしなに」
イシュタル様は優雅に頭を下げた。それから不貞腐れた態度を続けるアスラ様を突っついた。アスラ様は小さく驚いてから、
「あっ、おれもか?・・じゃあ、片割れ(メアリー)も遊びに来ないし、少々淋しく感じていたんだ。面倒みるからよしなに頼ま」
不良調の発言と頭ひとつ下げない態度にイシュタル様は呆れた。
牛頭の裁判長も小さく息をつくと、
「これにて閉廷します。結果は明日ミカエル君に伝えましょう。ではマリー・アスラマハーバリ・イシュタル、母神殿の家で沙汰を待つように」
牛頭の裁判長が立ち去ると、次々に他の神々様も退廷していく。
ミカエル様はそれらを見送るとマリーに言った。
「驚くほど好意的だったね。今日は裁判長の言う通りに帰って吉報を待ちなさい」
マリーは出獄して以来あまり言葉を発していなかった。オドオドと頷いた。
父母神様に付き添われ、マリーは神々の家に帰った。
「お帰り!」
三姉妹がマリーを囲んで出迎える。巨大犬ケルもいる。しかし以前のマリーではない。三姉妹には小さくうなずくだけで表情も硬く少ない。そして常に怯えていた。
「おれ帰る」
アスラ様は客間に一歩足を入れると言った。お茶を勧めるイシュタル様に再度言った。
「女くさいところは苦手なんだ。歓迎は女たちだけでしてくれ」
言うと同時、アスラ様は壁を透り抜けて帰ってしまった。
「アスラにはわらわの結界などないも同然よ・・さてさてマリー、お帰り」
イシュタル様は涙ぐみながらマリーを抱きよせた。
「わらわが無力なために要らぬ苦労をかけてしまった。おやおや見ないうちに背も伸びた。おまえがこの中で一番背があるよ」
マリーは微笑んだ。
「乳風呂にお入り。心身の傷みを癒すがよい」
マリーは長々と乳風呂に入った。出てはテーブルいっぱいに並んだ料理をはしゃぐ女たちと囲み、穏やかに団欒の声を聞いた。
翌朝マリーに保護観察処分の通知が届く。マリーはイシュタル様の家でひきこもりを始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます