開けるな危険

松竹梅

第1話

 薄暗い廊下に、女の息遣いが響き渡る。目が慣れてようやく周囲の様子が見えてきたというのに、また怪しい気配に囲まれていることに気づいた。


 すぐさま近くに放置されていた布に身をくるませて息をひそめる。真っ暗になった視界に自分の吐く白い息が映る。心臓の音が外にまで聞こえてしまうのではないかと思うと、余計に心拍が上がってきた。


 どんどん息遣いが大きくなり、目じりに熱いものがたまっていることに気づく。


「いや!!」


 すぐ近くで甲高い悲鳴が鳴った。白煙が目を覆い、一瞬の静寂が広がる。背中を預ける壁の向こう側で、カタカタと何かを開けようとする音が聞こえてきた。そちらを振り向きたいという欲求が、小さく響く女の震える声に小さくなる。


 しばらく小さく続いたその音は、次第に大きくなり、無理やりこじ開けようとする音に変わっていく。窓が揺れ、頭を覆う布の動きに髪の毛が瞼に落ちてきた。身動ぎさえ命取りだと突きつけられる。


「いやああああああ!やだ!!」


 地震が起きたと錯覚するほど、大きな動揺が自分にも伝わってくる。明らかに人の力ではない何かだ。得体のしれない存在が近くにあり、誰かを襲おうとしているのに動くことすらできない。自分の存在を消すことさえ、頭の中にはない。自分が襲われませんようにと、信じてもいない神に縋ることしかできない。


 長く響いた悲鳴は、柏手のような甲高い音にかき消されて、再びその場には静寂が落ちた。もう何の気配も感じない。


 ようやく息を吐くことができた時、くるまっていた布の向こうから朝日の光が透けて見えた。


 「……」


 ――ここは、だめだ。


 私は興味本位で訪れたことを、今初めて後悔した。

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開けるな危険 松竹梅 @matu_take_ume_

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