第10話 始めてないのに新たな依頼

「じゃあ、目開けて良いよ」


 そんな恋人みたいな言葉をランスに言われて俺が目を開くと、そこには家があった。


「えっと、これは」

「家だね、レイジ君にあげるよ」

「ファッッ!!?」


 電話のとき、家が欲しいかと聞かれて欲しいと言ったらあげるよと言われた。


 ランスにしてはやけにつまらない冗談を付くなと思ったら、まさか本当だったとは……。俺は息を飲むことしかできなかった。


「この前僕が仕事をやめるのを助けてくれたからね。そのお礼だよ!」

「いやいや、いくらなんでも貰えませんよこんな高いもの!!」


 さすがに家は高価すぎる。俺がたじろいでいると、ランスが慌てることもなく言った。


「勇者やってたときに割とお金貰ってたから大丈夫だよ!」

「いくら貰ってたんですか?」

「月に~百万くらいかな」


 目ん玉が飛び出しそうになった。


 そりゃ周りも仕事辞めるの止めるはずだわ。ランスレベルの勇者だと、割と普通の額らしい。


「勇者ってそんなに稼げるんですね……」

「依頼費もあるし、魔物の革とか肉って結構高く売れるんだよ。一度強くなれば取り放題だしね!」


 また勇者に興味が湧いてきた。そんな俺の様子を見かねたのか、ランスが再度言った。


「レイジ君は絶対に勇者目指さないでね!?」


 その引き留め料だと言われて、俺はランスから家を渋々譲り受けた。


「僕はよく、勇者仲間から『お前の散財癖やばい』って言われていて、物を人にあげることで散財欲を満たしてるんだ」


 ランスの理論は滅茶苦茶だったが確かに筋が通っていた。


 もしかしたら事故物件かとも思ったが、内装は綺麗で最近できたばかり。文句無しの物件だった。


 俺は荷物を取りに行くついでに、今までお世話になった女将にお礼を言うことにした。


「そう言うわけで、お世話になりました!」

「そうかい、それにしても退職代行なんて考えたねぇ」

「以前やってて、あ、いや聞いたことがあって!」


 あぶねぇ、現世のこと言ったらそれこそ転生者だってばれちまう。慣れてくると危ないな。


 俺は精一杯の笑顔で乗りきろうとした。


「ふーん、私は聞いたこと無いけど中々需要がありそうだねぇ。あんたは今後その退職代行ってやつを仕事にして行くのかい?」

「いえ、まだ悩んでいる最中で。他にやりたいことがあるわけでもないんですけどね」


 心なしか女将は暗い顔をしているように見えた。


「もしあんたが退職代行屋になったら、私も相談しに行こうかねぇ」

「どうかしたんですか?」

「実は私も、宿屋の仕事を辞めたいと思ってるんだよ」


 こうして俺は退職代行屋として次の仕事に取り組むことになった。



「こちらへどうぞ、まだ散らかってますけど」


 俺はひとまず、ランスから貰った家の一室を事務所代わりにして女将を招いた。


「そうやすやすと女を部屋に招くなんてあんた血気盛んだねぇ」


 女将がニヤリと笑う。俺は恐怖を感じて逃げ出そうとした。


「冗談よ。60過ぎたおばさんに性欲なんかありゃしないわ」


 やはり年上のジョークはいつまでも理解できない。俺は流れを乱されつつも、彼女の話を聞くことにした。


 女将の名前はハーレント、あの宿は百年以上前からあるらしい。


「私はあのホテルの跡取りで、旦那は婿入りしてきたんだけどね。病気でポックリ逝っちまったよ」


 ハーレントには歳の近い旦那さんがいたらしい。彼と切り盛りしていたときは、看板娘だったそうだ。(※一瞬想像してみたけど、無理やり想像しなかったことにした)


「今でこそ言えるけど、私はホテルを継ぐことに反対だった。伝統に縛られず、自由に生きたかったんだ」

「継がない選択肢はなかったんですか?」

「私もそのつもりだったけどねぇ。そのときだよ、旦那が来たのは」


 本当にかっこよくて、自分の信念なんかどうでもよくなっちゃったよと女将は顔を赤らめた。もちろんドキドキはしなかったが。


「でもその旦那が無くなって、やる気がなくなっちまってね。確かに1人で切り盛りが大変なのもあったけど、管理が行き届かなかったのはやる気がでなかったからなんだ」


 確かに女将は、言動こそしっかりしているものの覇気がなかった。それは俺も会ったときに感じていた。


「ハーレントさんは仕事を辞めた後、何がしたいですか」

「そうねぇ、もう冒険者を目指せる年齢でもないし、少し雑用で働きながらのんびり暮らしたいかねぇ」

「わかりました。その方向で考えてみます。今の仕事を辞める上で、何が心配ですか?」

「やっぱり一番はホテルかなぁ。壊そうにも金がかかるし、売るなら綺麗にするのに金と労力がかかる」


 確かにそれは大きな問題だった。最近あまり客が入っていないこともあって、女将の貯金は多くはなかった。


「じゃ、よろしくね」


 俺は女将を見送ったあと、暫く事務所で考えていた。すると玄関のベルが小さく鳴ったのが聞こえた。


「まだやってるかなぁ、怒られないかなぁ……」

「あの、どうされましたか?」

「ヒィィィ!!!」

「どわぁぁぁ!!」


 俺は驚いて、自分の玄関の前ですっころんでしまった。


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