第9話 俺は退職代行者だ!

「ごめんごめん、ちょっと遅れちゃった」


 どうやら俺とは時間間隔が違うみたいだ。1時間半経って、コルアが待ち合わせ場所に到着した。


「オムライス! あ、もう食べてた? ごめんごめん!」


 俺とランスは既に食後の飲み物をたしなんでいた。コルアは運ばれてきたオムライスに喰らいつく。


「それで、実は」

「ほーひふぁ?(どーした?)」


 俺たちはコルアが食べ終わるのを待って、話をすることにした。


「え!? あれ本当だったのか?」


 食べ終わったコルアは、驚いた様子でデザートを注文した。


「ああ、実はそうなんだ」


 ランスはやめようと思っている理由を話した。俺はコルアがすぐに納得すると思っていたが、その反応は思ったよりも鈍かった。


「教師ねぇ、別にそれ、勇者やりながらでも出来るんじゃないの?」

「それだと時間が足りなんだ、それに勇者が楽しいわけでもない」

「ふーん、でもなぁ……うーん」


 なぜここまで渋っているんだろう。まぁランスと付き合いが長いのは知っているが。


「何か辞めてほしくない理由でも?」


 俺はつい、口をはさんだ。


「いや、別に俺もランスがやりたいなら止めないぜ? でも、パーティーが3人になるからなぁ」


 あ、そうか。ランスが抜けるということはラウドとミゼルだけになる。この2人はカップルだから、一緒に付いていくのは気まずいよな。


「俺の仕事増えるじゃんか」


 違った。まぁ、少し安心はした。


「それが心配なら、ギルドのオタスケサービスを使うのはどうですか?」


 俺は仕事をいくつか経験する中で、ギルドが出している制度にも目を通していた。


 オタスケサービスは、登録さえすればギルドで人手が足りない人と手が余っている人をマッチングしてくれるシステムだ。


「いや、それは確かに俺も聞いたことあるんだけどよ」


 コルアのパーティーでの役割は情報偵察や罠をしかけるレンジャー、知識はあるらしい。


「人数が増えれば増えるほど俺の仕事が減るからな、調べてはいたんだ。でも、問題があった?」

「何があったんです?」

「手続きがめんどくさい」


 ……そこかよ! 俺はずっこけそうになった。ランスは笑っている。いや、でもこれはチャンスだ。それを解決しさえすればコルアをこっちサイドに引き込める。


「あの、それ俺がやりましょうか?」

「いいのか!?」


 コルアは目を輝かせた。こうして俺たちはコルアの賛同も得ることが出来た。


 店を出る前、ランスがトイレで席を外した。俺とコルアの2人きりになったところで、コルアが話しかけていた。


「色々ランスの為にありがとな」


 その目はお気楽さではなく、優しさに満ち溢れていた。この人、こういう顔もできるのか。俺はひそかに感動した。


「ランスは少し真面目過ぎる。俺もアイツと長い付き合いだからよ。言いづらかったところもあると思うんだ」


 いや、前すれ違った時は割とちゃんと話しているように見えたが……それを真面目な顔をしているコルアに言うわけにはいかなかった。


「あんたと会えて、ランスもきっと色々決心がついたはずだ。これからも友達として仲良くしてやってくれ」


 俺の場合は友達ってよりも師匠と弟子みたいな関係だけど、それは黙っておこう。


「分かりました」


 俺は笑顔で頷いて、コルアともギルドカードを連携した。


「これでよし! 俺にもたまには連絡してくれや!」


 ちょうどそのとき、ランスが戻ってきた。


「あれ、君たちいつの間にそんなに仲良く?」

「話の流れってやつだよ」


 コルア、思ったよりちゃんと相手のことを考えているいい人だったな。こうして気楽を纏っているのが、彼にとっては心地いいんだろう。


「じゃあ俺はここで帰るけど、ラウドには話したのか?」

「いや、明日話しに行く予定だよ」

「そっか、まぁ頑張んな!」


 いよいよ明日はラウドとの対決。俺は武者震いをしていた。



 5分前に着いたが、待ち合わせ場所には既にラウドがいた。思ったよりも準備が良い奴らしい。それか、ランスの口調から何かを察したのだろうか。


「は? なんでお前がいるんだよ」


 まずい、目を付けられた。本来ランスと待ち合わせてからラウドのところへ行くつもりだったのに。なんとか悪いイメージを無くしておかなければならない。


「あ、ラウドさんこんにちは。えっと、その……」


 まずい怖すぎて言葉が出てこない。ラウドはあぁん?と睨みを聞かせている。


「僕が呼んだんだ」


 ランス―――――!!おせぇよぉ。いや、まぁそれでも待ち合わせの3分前ではあるんだが。


「彼にも色々と手伝ってもらっていてね」

「手伝う? 何を?」

「僕、勇者の仕事を辞めたいと思っているんだ」



「俺は認めねぇぞ!!」

 うん、既視感。やっぱそうなるとは思ってたよ。それにしても迫力が凄い。


 立ち話している訳にも行かないので、俺とランスはなんとかラウドを居酒屋へ押し込んだ。この大声では、カフェに行っても追い出されるだけだろう。


 俺はラウドの注意を引きつけ、その間にランスにミゼルへ連絡をしてもらった。


 席に着いても、ラウドは不機嫌そうにしていた。ここで酒を飲ませるのはかなりリスキーだが、そうでもしないと話が進まなそうなので仕方なくビールを頼んだ。


「辞めるだぁ? お前、自分が何言ってんのか分かってんのか」

「分かってる。申し訳ないとは思ってるよ」


 店員がビールを持ってきた。ラウドは1口でビールを飲みほしてしまったので、すかさず俺は追加のビールをこっそり注文した。


「おい、ランス。お前、そこのでくのぼうになんか吹き込まれたのか?」


 でくのぼう、俺のことか。相変わらずヒドイ言い草だ。俺たち、まだ会うの2回目だよね?


「僕の友人に酷い言い方をするな。彼に唆されたわけではない。元々考えていたことなんだ」


 友人……!嬉しい響きだ。俺がジーンとしていると、ラウドは俺の分のビールも飲み干してダンと机を叩いた。


 ラウドの拳が机を砕き、破片が飛び散った。咄嗟の出来事に居酒屋のざわめきが一瞬で消え、誰もが息を呑む。音を立てるのもはばかられるような圧が広がっていた。


「随分な物言いになったじゃねぇか、ランス。じゃあ俺と戦うか? そのでくの坊と一緒でも良いからよ」


 そう言うと次の瞬間、グラスの水が震えた。ラウドは居酒屋の机を引っくりかえして吹き飛ばしてしまった。相変わらず凄いパワーだ。


「分かったよ、君がそこまで言うなら……」

「だめです!!!」


 俺の足はすくみそうになったが、それでも踏み出した。


 俺はランスの腕を引っ張って言った。急に大きな声を出したので自分でも恥ずかしくなる。ただ、これにはあのラウドも少し怯んでいるようだった。


「これは退職するための話し合いです。そして、お互いが納得しなければなりません。今のまま争いをしても、負けた方が嫌な思いをするだけです」

「うるせぇでくの坊! 部外者が口突っ込んでくんな!」

「俺はでくの坊でも部外者でもない。退職代行者だ!」



「お待たせ! ってあれ? これどういう状況?」


 最悪のタイミングでミゼルが到着した。今までの流れも知らないのでカオスな雰囲気になる。


 てか勇者なら別に力で決めても良いのか? 俺は自分の発言に不安になってきた。


「あ、ミゼル」


 ラウドの声が急にか細くなる。まぁ好きな女の人の前じゃそうなるかな……あれ? いやこれは違うな。ラウドの肩が震えている。


「ねぇ、これやったのあんた?」

「いや、これはその……」

「あんたかって聞いてんだ! さっさと答えろ!」

「ハイ!!」


 ミゼルの一喝で、ラウドはみるみる縮んでいく。あれだけの迫力を見せた男が、今は子犬のように震えていた。


 訳が分からずキョロキョロしていると、ランスが耳打ちしてきた。


「(ミゼルは、怒るととんでもなく怖いんだ。魔物も逃げ出すと言われていて、あのラウドでも勝てない)」


 まじか、人は見かけによらないが一番当てはまるのがミゼルだったとは……。これは俺たちにはどうにもできない。


「また人様に迷惑かけて! 次やったら5日間食事抜きね!」


 恐ろしっ。結構ガチで言ってそうなのが怖い。


「ごめんなさーい!!」



「すいませんでした」

 土下座するラウドの頭をミゼルが踏みつけている。

 

 土下座ってそういうもんだっけ……?さすがの俺も羨ましいとは思えなかった。


 あの後居酒屋を追い出された俺たちは、ただミゼルとラウドの夫婦喧嘩、いやラウドが一方的にやられているのを見ているしかなかった。


「悪かったな、お前だってやりたいことくらいあるだろうし、勇者辞めて良いよ」

「言い方が軽い! ランス君にもあんだけ迷惑かけて!」

「あ、いや良いんだよミゼル」

「辞めるのを妨げて申し訳ございません、心より応援しています」


 なんだろう、これで解決かな。俺たちはミゼルをなんとかなだめて家に帰した。


 その後でラウドにあり得ないくらい感謝されたのは言うまでもない。俺はラウドともギルドカードを連携した。


「何はともあれありがとう、これで無事仕事を辞められるよ」


 ランスは深々と礼をした。この達成感は、現世で感じたどの経験よりも嬉しかった。


「いえ、無事教師になれると良いですね!」

「ありがとう、精進するよ」


 その後コルアに頼まれていたギルドの制度に申し込んだり、ラウドの様子を見に行ったりはあったが、なんとか無事にランスは冒険者を辞めることに成功した。


 その後、ランスから電話があり、無事採用してくれる学校も見つかったそうだ。一仕事を終えた俺は、宿屋でくつろいでいた。


「俺、退職代行やっぱり向いてるのかもなぁ」


 寝っ転がって天井を眺めていると、ふと呟いていた。


 退職代行、現世では金を稼ぐための手段としてしか考えていなかったが、もしかしたらこっちではそれ以外の喜びを見つけることができるのかもしれない。


「やってもいいかもな、退職代行」


 ジリリリ!!!!


「どわぁっ!」


 俺は飛び起きた。ランスからの着信が来たのだ。


「はい、もしもし……えぇ!?」


 ランスの電話内容は、俺の想像を遥かに超えるものだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る