第4話 冒険者への嫌悪と別れ

 買い物を済ませ、俺たち3人は家に戻った。


 そこからも暫くはクランツたちのお世話になりながら住まわせてもらっていたのだが、さすがに申し訳なくなってきた。


 深夜、サナが寝たあと俺はクランツの部屋へ1人向かった。念のためノックをする。


「レイジ君か?」

「はい」

「入っていいよ」


 俺はギィと重いドアを開けて中に入る。中では老眼鏡をかけたクランツが本に目を通していた。


「どうかしたかな?」


 クランツの優しいまなざしに申し訳なくなったが、俺は口を開いた。


「あの、そろそろここを出ようかと考えておりまして」


 そうか、というクランツのまなざしはどこか寂しげだった。


「サナはお主に懐いていたからのぉ」


 それは俺も感じていた。本当に、サナとクランツには色々なものを貰った。異世界での生活に対する不安も、2人のお陰で解消できた。


「ただ、ずっとご迷惑をお掛けするのも違うなと思いまして」

「儂らは別に構わないんじゃが……仕事のアテはあるのかな?」


 やはり気になるところはそこだろう。1人で暮らしていくうえで、仕事は必須だ。


「街で冒険者ギルドを見かけました。そこでいくつか仕事の募集があったので、やってみようと思っています」


 魔力が無いこと、それが仕事においてもかなりのネックになってしまうことは俺にも分かっていた。それでも、せっかく異世界に来たのだからチャレンジしてみたかった。前の世界ではできなかった失敗も、経験してみたい。


「儂は止めないが、辛くなったらいつでも戻ってきなさい」


 クランツの目は優しく、そして温かかった。街に出るまでの準備の2,3日、その間にサナには俺から話をしておくようにと言われた。


 しっかりしているとはいってもサナは5歳、伝え方によっては大きく心を傷つけてしまう可能性がある。俺はどのように伝えればいいのか、言い出すのが億劫になってしまっていた。


 翌日、俺はいつものようにサナたちの家事を手伝った。クランツも昨日の話は出していない。何も知らないサナは明るく話しかけてくる。それが辛かった。


 昼食後、俺はサナと近所の牧場に薪を取りに行くことになった。子どもと老人だけではさすがに薪を取ってきたり割ったりすることはできないため、近所の牧場の主人に売ってもらっているんだそうだ。


「嬢ちゃん久しぶりだね!お、その人は?」

「レイジさんって言って最近この街に来たんだ!」

「そうか、よろしくなレイジさん。ここら辺は街以外何もないけど、楽しんでいってくれ!」

「ありがとうございます」


 優しいおじさんといった感じだ。ただ、めっちゃマッチョだった。羨ましいぜ。俺はひそかに筋トレをしていくことを誓った。


「いつもの量で大丈夫かな?」

「うん、またこれでお願いします!」


 サナはポケットから青い小瓶を取り出した。するとおじさんはそれをいじった後、またサナに返した。


「じゃあまた来てくれ!」


 俺たちは牧場を後にしたが、彼が小瓶で何をしたのかが俺には理解できなかった。


「サナちゃん、今の小瓶って」

「そうか、言ってなかったよね!」


 サナが持っているのは魔力が込められた瓶だそうだ。


「私、まだ子どもだから魔力があまりないの。だからこの瓶に魔力を入れてもらってるんだよ」


 なるほど、その手もあるのか。それなら俺でも魔力を集めて買い物することができる!これで街での一番の不安点が解消された。


 俺がウキウキしながら家に戻っていると、急にサナが足を止めた。


「レイジさん、本当に家を出て行っちゃうの?」

「え、どうしてそれを……?」


 どうやら昨晩、トイレに起きた際に俺とクランツの会話を聞いていたらしい。参ったな、機会を見てこちらから話すつもりだったんだが……。行かないで!とか言われると心にきついな。


「冒険者になるの?」


 斜め上の質問が来た。ひとまず心を抉るものではなかったことに安心しつつも、なぜそんなことを聞くのか疑問に思った。


「いや、特にまだ決めてないかな。魔力も無いしね……ははっ」


 乾いた笑いが宙を舞う。改めて自分の言葉にすると情けない。


「そっか……」


 せめて君も笑ってくれ。そう思っていたのだが、サナの雰囲気は少し違っていた。とても悲しそうな顔をしている。


「どうしたの?」

「レイジさん……冒険者にはならないでね」


 なぜだろう。心配してくれているのだろうか。それだけでは無さそうだった。俺は近くの岩に腰かけてサナの話を聞くことにした。


「あのね、私のパパとママも冒険者だったの」


 サナはさっきの小瓶を手でいじりながら話した。生前の父親に貰ったものらしい。


「パパは有名な冒険者でね、とっても強かったの。ママはヒーラーで、一緒にパーティーを組んでた」


 なるほど、パーティー内恋愛か。羨ましい、と思った自分を諫めて俺は彼女の方を向き直る。おそらくこれから話されるのは暗い話だろうから。


「私が生まれてからママはヒーラーをやめたんだけど、パパは勇者としての仕事を続けてた。全然帰って来なくて寂しかったなぁ」


 サナは思い出しながら続ける。本当はもっとたどたどしい話し方だったが、俺はゆっくりと彼女が口を開くのを待った。


「ある日、パパが帰って来なくなっちゃったの」


 うーん、想定はしてたけどそれはきついな……。サナに話しかける言葉が見つからなかった。


「そっか」

「それでね、お母さんはお爺ちゃんに私を預けて、パパを探しに行ったの」


 そこまで話したところで、サナは泣き崩れた。俺はただ、一緒にいることしかできなかった。


 だからクランツと2人暮らしだったのか。かつてお母さんと共に過ごしたあの家で。


「だから、私、レイジさんには冒険者になって欲しくないなって」

「分かった。約束するよ」


 心では誓っていたわけではない。何が起こるかは分からないからな。まぁ、そもそも魔力が無いからあまり候補には挙げていなかったが。ただ、そうだとしてもサナにはこう言うしかなかった。


「たっだいまー!」


 サナはあれからすぐに泣きやみ、いつもの調子に戻った。俺にはできないことだ、尊敬する。


「おかえり」


 クランツが温かく見守ってくれる。この和やかな雰囲気を、ずっと崩したくなかった。


 俺は翌日の朝早くに家を出た。今までお世話になりましたという置手紙を残して。そっと部屋を通ると、サナが寝返りを打って小さく呟いた。


 「……いかないで」


 俺はサナの毛布を掛けなおして、玄関を出た。


 街で稼いだら、今までの生活費を返しに来よう。そう思って玄関のドアをそっと閉めた。


「……レイジ君」

「どわぁっ!!」


 後ろにクランツがいた。そうか、老人の朝は早いのか。俺が心臓を落ち着けていると、クランツはポケットから1つの小瓶を出した。サナの小瓶とは違う、ピンクのものだった。


「これを持っていきなさい。使い方はサナを見て知っているはず。私の魔力を入れてあるから、少ないけど街での生活の足しにしなさい」

「ありがとうございます!!」


 最後まで良い人だった。俺はクランツに何度もお辞儀をして、家を後にした。最初にこんなに素晴らしい人たちに会えたことを、俺は一生忘れないだろう。


 ただ、俺は異世界ウハウハライフを楽しみたい。やっぱり金、女、名誉が欲しい!ここにいたら、一生平和な生活で終わってしまう。


 最初はスローライフもアリかと思っていたけど、やっぱり小説みたいに楽しみたい。クズな俺を許してくれ。


 俺は慣れないスキップで街へと向かった。まさかその足で向かった先が地獄の入り口だとは、この時の俺はまだ知らなかった。

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