第3話 絶望のウィンドウショッピング

 翌日、俺はサナとクランツの家事を手伝った。その中で、2人のことや街のことについても知ることが出来た。


「私たちも街にはたまに行くんだけどね、家はこっちでずっと暮らしてるんだ」


 一緒に洗濯物を干しているとき、サナが呟くように言った。


「何かわけがあるの?」


 言ってすぐにしまったと思った。大体こういうときは言いたくない事情があるパターンが多いんだ。

 

 実際に退職代行してたときも、このパターンは特に警戒していたはずなのに、油断していた。


「いや、別に言わなくても……」


 俺はすぐに否定したが、サナはあっさりと話し始めた。


「お母さんが愛した家なんだ。だからおじいちゃん、クランツのことね、がお前にはここで暮らしてほしいって」

「そっか……」


 お母さんの存在がなぜ過去形なのか、それを聞くことはしなかった。


 タイミングよく洗濯物を干し終えた俺たちは、クランツのいる食卓へ戻った。


「おかえり、すまないねぇ」


 クランツは優しい目で迎えてくれた。まぁ俺としては、泊めてもらっているんだからこれくらいは当然だ。


 それよりも気になったのは、クランツの声はするが姿が見えないことだった。


「おじいちゃーん?」


 サナが呼びかけると、クランツが奥の部屋から出てきた。


 うっ、、、あそこは俺の魔力がゼロだと判明した魔法陣部屋じゃないか……。あまりいい思い出がないな。


 クランツは何か布のようなものを片手に持ってきた。


「これをお前さんにやろう」


 クランツが手渡してくれたのはローブのような服だった。


 もちろん今まで葉っぱ1枚で過ごしてきたわけじゃないぜ?家に入ってすぐ洋服はくれたからな。ただ、これは外用の服らしかった。


「暫く出していなかったんじゃが、これは魔力が無い者向けの服じゃ。もし魔物に出会っても、よっぽど強くない限りは一度は攻撃を防げる」


 防御アイテムキタ――(゚∀゚)――!!!と内心では思ったが、さすがに感情を爆発させるわけではないので俺は優しく受け取る。


「ありがとうございます」


 着てみると、サイズもぴったりだった。


「かっこいいよレイジさん!」


 前世ではなかった褒められる経験にしどろもどろになる。嬉しいものだ。


 その日の夜、また3人で食事を共にしていると、クランツが口を開いた。


「明日、買い出しで街に行こうと思ってるんじゃ。もしよければお前さんもどうかな?」

「買い出し!?やったぁ!」


 サナはオシャレして行こう、と服を選び始めた。食事の後にしなさいとクランツが諫める。


「いいんですか?」


 俺にとっても嬉しいことだった。まだ街には入ったことが無かったからな。


 それにいつまでもここにお世話になるわけにはいかないので、仕事も探したかった。


「まぁ、別に居ても良いんじゃがな……」


 その旨を伝えるとクランツは心配そうにこちらを眺めた。やはり魔力が無いことを心配しているのだろう。それでも何か自分で生計を立てていきたかった。


 翌日、3人で街へ向かった。ここで分かった。俺の忍者走りは本当に平均なのだという事を。


 さすがに5歳児のサナや老人のクランツよりは速いが、そこまで差がない。泣きそうになりつつも、時間を掛けずに街へ向かうことが出来た。


 街の賑わいは想像を超えるものであった。例えるならば平日の新宿といった感じか。多くの人でごったがえしており、お店もいっぱいあった。


「おじいちゃん、何買う?」

「そうじゃのぉまずは食材から……」


 サナとクランツはさっそく買い物の相談に入っていた。


 ただ俺は、この景色にワクワクしていた。中世ヨーロッパさながらの雰囲気、レンガ調の建物や床に、おしゃれな人々。俺のようなローブを着ている人もいれば、鎧を身に纏った勇者のような人もいる。その誰もが浮いていない。


 お店も魅力的だった。洋服や食材ももちろんだが、何か魔法の瓶や見たことのない小動物を売っているお店もあった。ひとたび道路を歩くと、焼きたてのパンの香りと、鍛冶屋のカンカンという金属音が入り混じっていた。


 俺がワクワクしていることを見抜いたのだろう、クランツが話しかけてきた。


「買い物は儂らで十分じゃから、お前さんもせっかくだし街を散歩してきたらどうじゃ?」

「はいはい! サナも賛成!」


 2人の了承を得て、俺は街に繰り出した。まずは気になった魔法の瓶のお店に行く。


 ここにはお客さんも、魔法が使えそうなローブを身に纏った人がほとんどだったので浮かずに済んだ。


 文字が読めるのは救いだろう。日本語ではなかったが、なぜかすんなりと読めた。


 それよりも気になったのは決済だ。誰もお金で払っていないように見える。手をかざしているのだ。


「まいど!」


 商品を見るフリをして近づくと、何か魔法陣のようなものに手をかざしていることが分かった。


 俺が暫く眺めていると、ブブーとブザー音のようなものが鳴った。


「お客さん、魔力が足りないよ」

「おかしいなぁ、昨日の魔物強かったから魔法使い過ぎたか……」

「また明日にでも買いに来なよ、取り置きしておくからさ」


 魔力?クランツの家でも聞いた言葉だ。まさか……魔力が無いと買い物ができないのか!?教えてくれよクランツ、サナ!俺は異世界ニートになってしまうことを危惧しながら、そっと店を出た。


 買えないことが分かっても、ウィンドウショッピングだけでも楽しかった。


 暫く歩いていると、ふと一つの建物が目に入った。ギルドと書かれている。


 これはまさか、勇者や魔法使いがパーティーを組んで魔物を討伐しに行くあれか!?考えるよりも先に足が進んでいた。


 中に入ると、そこは酒場のような雰囲気だった。奥では可愛い受付嬢が勇者たちと話をしていた。


 ふと脇に目をやると、魔力測定セルフメーターという機械があった。市民プールにたまに置いてある血圧計みたいな感じで。


 あまり並んでもなかったので、俺は測ってみることにした。クランツを信用していないわけではない。


 ただ、もし万が一でもあるかも知れないのでデジタルで測ってみたかった。


『ピー、測定完了』


 結果は……ゼロ。うん分かってたよ?まぁ……。俺はしょんぼりとギルドを後にした。ギルドをちょうど出たところで、俺と入れ替わりに入ってくる勇者たちとすれ違った。


「俺もう勇者やめてぇよ」

「なんだ?魔法使いにでもなんのか?」

「そういう意味じゃない。この仕事はリスクが高すぎる!」


 そんな会話をしていた。勇者でも辞めたくなることがあるんだなぁ。俺はそんなことを思いながらサナ達の元へ戻った。


 その夜、冒険者ギルドにて。


「バグでしょうか?」

「いや、この機械にバグはあり得ん」

「ということは本当に魔力ゼロの人間が?!」

「あぁ、信じられないがな。しかしよりによって今か……」

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