第7話 落語に向いているスキル、向いてないスキルの件

 紗音の保護者問題はなんとか解決した。後日ヒルンが我が家に来て親父に挨拶してくれる事になっている。

 ほっとして帰宅した翌日、私は紗音に落語の稽古をつけようと我が家の稽古部屋で対面になりお互い正座をしていた。初めての正座だった紗音だが意外とすんなりできていた。私が子供の時はすぐ痺れちゃったけどね。


「紗音、これからこの世界で落語家として生きていく為に色々と教えていくよ。落語だけじゃなく太鼓やお茶汲みとか色々覚える事はあるんだけどまずは最初の一席目の落語を教えてあげるわ」

「はい、ユーシャ……シショウ♪」

「よろしい。まずは昨日見てもらった『寿限無』を……」

「あ、それならもうできるわよ」

「え?」


 紗音はさも当然といった表情で答えた。もうできるって昨日の今日で……?


「じゃあ見ててね。スーッ……」


 そうして紗音は深く息を吸い落語を語り始めた。


『どうもみなさんこんにちはー。今日はこれから皆さんに落語を聞いてもらいます……』


 紗音は愛らしい笑顔で語り始めた。だけどこれは……?


『みなさんにもそれぞれ名前が付いていると思いますが、これから……』


 どこまでも澱みなく喋る。ちゃんと目線も振っているし姿勢もいい。しかし……。


『寿限無 寿限無 五劫のすり切れ 海砂利水魚の 水行末、雲来末、風来末 食う寝るところに住むところ やぶらこうじのぶらこうじ パイポパイポ パイポのシューリンガン シューリンガンのグーリンダイ グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助はまだねんねしてるのよぉ……


 間もリズムも完璧。完璧に……あの日の私のまんまだ。


『あんまり名前が長いからコブが引っ込んじゃった』


 紗音は一席語り終えてお辞儀をした。うーん、なんと言うべきか。


「どーおユーシャ……シショウ! スゴいでしょ」

「うん、凄い。たった一回聴いただけで覚えちゃうんだから」

「えへへー」

「でも……ダメかな」

「えー、どうしてよー!」


 そう、紗音……カノンは元から物覚えが良かった。異世界でも呪文を教わるのに一度聴いただけで覚えてしまう。記憶力が異常にいいのだが……機械的なのだ。あくまで文字情報として覚えてしまうのだ。


 こんな事があった。旅の道中にある強いモンスターと戦った時だ。攻撃が凄まじく全員が大ダメージを受けた。カノンに回復魔法を早急にかけてもらわないと全滅のピンチだった。


「カノン! 早く回復を……!」

「う、うん。えーと、あなたにこの呪文を授けましょう。ありがとうございます。この呪文は……」

「そんな前口上はいいから早く!」


 呪文を教わった時のやり取りから入ってしまうのだ。そこから再生しないと出てきづらいらしい。昔のビデオ録画でCMから録画されててカットができなかったと言えばわかるだろうか」


「大天使の息吹よ、かの者達に祝福を、生命の喜びを……」

「略式で! 早くー!」

「ヒーリングオール!」


 なんとか回復呪文が間に合い逆転はできた。呪文は正確に全部の口上を述べれば練度が増すが、それを略して呪文名……先ほどならヒーリングオールだけでも発動はできる。スピードを求められる戦闘では臨機応変さが重要だ。残念ながらカノンはそれが致命的にできなかった。


 覚えた事を再生するだけ。それが落語にも影響してしまった。たった一度で覚えたのは凄いが私があの日『子供達』に向けて語ったままを再生しているだけ。落語は毎日違ったお客さんの前で語る。子供の時もあれば年配の人の前でもやる。明るいお客さんの時もあれば反応が重い日もある。

 まずは基本の型を覚えて、お客さんに合わせてアプローチを変える必要がある。機械的なモノマネしかできない紗音は一見は上手そうに聞こえるがアドリブが効かない。早めに気が付いて良かった。まずそこを矯正しよう。


「紗音……今覚えた寿限無は全部忘れてちょうだい」

「えー、覚えたのにー」

「これから私が語るのを改めて覚えてちょうだい」

「はーい」


 二度手間で不服そうな紗音の前で私は先日の学校寄席で語った本番のノリではなく、基本の状態、落語の素の状態である『寿限無』を語って聞かせた。

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