動機

@wackly

動機

 志望動機を書く。書けない。お金を稼ぐため。生きていくため。そのために働くだけ。しかしそんなことを書いても書類選考で落とされるだけだ。だから正直に志望動機を書けない。働かなければならないのにその為には嘘を書かなければならない。嘘を考えなければならない。面倒だなぁ、もっとシンプルでいいのになって思う。私がいつもやっているように、ナイフを心臓に突き刺せば人は死ぬってぐらいにシンプルでいいのに。

 私はパソコンの前でうんうん唸りながら志望動機を考える。考えているだけで下らないことしか思い浮かばない。志望動機って死亡動機って聞き間違えそうだよね、とか。現実逃避のために死亡動機から連想してあれこれ考える。死亡するのに動機はいるのだろうか。自殺をする人はいるのだろう。殺される人にも殺されるだけの動機がいるのだろう。

 動機。私が人を殺す動機はなんだっけと思う。最初はただムカついたからとかだったと思う。ムカつく相手をナイフで刺したら死んだ。あ、こんなに普通にできるものなんだって思ったのを覚えている。では、それ以降に何度も私が人を殺す動機はなんだろう、何で殺しているんだろう。楽しいというのはあるのだけど。私には動機を考える必要があるのかもしれない。志望の動機と、殺人の動機を。



 私は25歳。無職。最近、就活と殺人を頑張っている健気な女の子。女の子って年じゃないでしょって言うやつは殺す。ところで、そんな私でも友人はいる。今日はその友人と飲みに行く日だった。無職で殺人鬼な私だって、酒を飲みたい日はある。

 「でさぁ! そのパワハラセクハラハラハラ尽くしのクソ上司マジでブッッッ殺したくてたまんなくてぇ!」

 「そんな物騒なこと言っちゃだめだよー、ほら、水飲んで落ち着こう?」

 物騒な殺人鬼に物騒なこと言っちゃだめと言われているのが私の友人。山上友子。彼女は小学校からの付き合いで、私の唯一の友人。他の友人を殺してきたから唯一の友人になった訳ではない。そもそも私は人見知りで友達作りが苦手なのだ。

 「落ち着いてますぅー、落ち着いた上でブッッッ殺したくてたまんないって言ってるんですぅー! 鉄パイプのようなものが会社にあったらガツンとどころかガッツンガッツンぶん殴って、死体を見た警察にはこれは恨みのある者の犯行ですねとか言っちいながら小躍りしてもらうんですぅー!」

 「警察はどんな動機で犯人が殺しをしたのかを推測しただけで小躍りなんてしないよ……」

 テーブルの上には食べかけの厚焼き玉子や枝豆、そして空になった6つのビールジョッキが置いてある。空になったビールジョッキはすべて友子が飲み干したものだ。店員さんにはこの邪魔な空ジョッキを片付けてほしいのだが、なかなか片付けてくれない。忙しいのかなって思う。店内はそんなに混んでる訳ではないけど。じゃあサボりか。

 「あんなやつぅ、いない方が世の為なんだよぉ、もうあいつのせいで何人か辞めてってるしぃ。あーあ、殺人が合法にならないかなー!」

 それには私も同意だ。私は毎日、殺人が合法になりますようにと願いながら眠っている。あと口座に非課税で5億円ほど振り込まれますようにとも願っている。

 「私みたいになるなよぉ、ずっと無職のがいいよぉ、やりたいことやるのが一番! 労働のせいでやりたいこともやれないのなんてしょうもないわ!」

 「それはそうかもね、いやそうでもないよ! 無職は無職で大変なんだよ!」

 「そうなの?」

 「そうでもないけど!」

 「だろうね!」

 キャハハハハと二人して豪快に笑う。こんなに楽しいのは人を殺している時とこうやって友子と飲んでいる時ぐらいだ。ナイフで衣服を突き破り皮膚を裂き筋肉を断ち臓器を破壊するのと、友子と飲んでいる時は同じぐらいの楽しさだ。誰かにそう言ったところで、共感を得られることはないのだろうけど。

 「友子はさぁ、やりたいこととかあるの?」

 そういえばまだ枝豆あったんだったと思い出し、つまみながら聞いてみる。友子は

んーと考えていた。

 「やりたいことね、そうだなぁ、聞かれてもすぐに出てこなくなっちゃったなぁ。もし仕事を辞めることができたとしてやりたいこと、あれ、本当に思いつかない、あれ、なんかやばくない?」

 「やばくはないと思うけど、やりたいことがわかんない人って結構いるんじゃない?」

 「やりたいことがわかんないってのは、多分もう疲れちゃってる人なんじゃないのかなぁ。日々に疲れ果ててやりたいことができなくなってく内に、なにをやりたかったかわかんなくなってっちゃうっていう。それって何で生きてんのかもわかんなくなっちゃいそうだよねぇー」

 あーやだやだと友子は酒を呷り飲み干すとすぐに、生中一つお願いします! と注文をしていた。

 「そう思うとさ、やりたいことをやるってのは、自分として生きていくためにやってるのかもね。仕事ばかりで疲れてできてない私はゆるやかに死んでいっているのかも。そういうやりたいことがわかんない人がたくさんいるのなら、それが今の時代の生き方なのかもだけどさー」

 「……そうかもね」

 「あー! なんか辛気臭い話になってきた! やだやだ、こういう話になるとなんか歳取ったーって気がする! もう飲もう! 飲んで楽しければとりあえず良しだ!」

 友子は自らを鼓舞するようにテンションを上げる。友子のそういうところが好きだ。ナイーブになってくよくよするだけでなくそれでも前向きに行こうとするその姿勢を私も見習わなきゃなって思う。見習うために、私も追加で生ビールを注文する。その後は他愛もない話で楽しい時間を過ごしていった。



 志望動機を書く。すらすらと書く。適当な嘘をたくさん織り交ぜてそれっぽいものを書く。仕事はあくまでお金を稼ぐためにやるだけと割り切ったら、志望動機なんてものを書くのは簡単だった。やりたいことではないことに動機はいらない。仕事はやりたいことではないから、そんな動機はいらなくて、ただの嘘でいい。本当にやりたいことだけに動機があればいい。あの飲み会の後にそう思えた。

 私はやりたいことを、つまり殺人を、私として生きるためにする。それが私の殺人の動機だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

動機 @wackly

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る