新人vtuberですが同期がメロすぎて困ってます

三色ライト

第1話 新人vtuber:日向桜子

 大手vtuber事務所【Flora Castフローラ キャスト】通称フロキャス。


 チャンネル登録者200万人を超えるライバーも所属する、日本を代表するvtuber事務所だ。


 そして私、ただの【Flora Cast】オタクだった日向桜子ひなたさくらこ18歳は……


 先月フロキャスから、vtuberデビューを果たしたのである!




 ◆




「ここがあの……」


「弊社の新人育成プロジェクト。その合宿舎です」


 私のマネージャーさんに案内され、やって来たのは事務所が所有する木造のお家だった。


 新築のようとまでは言わないけど、綺麗な外観だった。マネージャーさん曰く築7年でハウスキーパーさんが週に1回掃除に来るらしい。


 外には花壇があり、季節の花々が可愛く咲いていた。さすが花をモチーフにしたライバーが所属する事務所なだけはある。


「桜子さん、今日から1ヶ月の合宿、頑張ってくださいね!」


「は、はい……」


 私を車から降ろし、そのままマネージャーさんは走り去ってしまった。だんだん薄くなっていく車の後ろ姿が何だか寂しくって心細い。


「いやいや、やるぞ! やったるぞ! 憧れの先輩方だってみんな合宿してたし、神回も挙げきれないほどに生まれてた!」


 意を決して木造りの合宿舎に入った。1階にはキッチンもリビングがあり、どちらも精緻な掃除が行き届いていた。さすが大手事務所だ。


 また廊下を挟んでリビングの向かいには約10畳の部屋があり、デスクと椅子に何台ものパソコンとモニターが配置されていた。確認するまでもなく、配信室だ。


「ここが数多の神回を生み出した聖地……!」


 私のオタク心にボッと火が灯った気がした。





 フロキャスではデビューした新人を1ヶ月間合宿させる恒例行事がある。そこで同期との絆を深めたり、急に襲来する先輩とゲリラコラボ配信をしたりと、トークデッキと対応力が磨かれるわけだ。


 私の好きな先輩vtuberもみんなここを経験している。そんな聖地と呼べる配信室に、私は我慢できず……


「みんなヤッホー! 春夏秋冬いつでも満開桜! あなたの日向に桜あり。日向桜子でーす」


 勝手に配信を始めてしまった。

 まぁ……いいよね? 合宿のいつから配信しろとか指定ないし。合宿中一度も配信しないで逆にバズったやべー先輩vtuberもいたし。


 自分を肯定する材料を見つけまくって、私はもう一度カメラに向かって微笑んだ。


 すると画面に映る桜色の少女が呼応するように笑顔になった。

 そう、この子こそ私の分身。インターネットの世界での私なのだ。


 桜色の髪には編み込みが入り、ミディアムの長さで整えられている。ヘアピンは緑色、髪は桜色だから桜の妖精みたいな少女だ。


 胸は無いけど、まぁ私もないから仕方ない。過度に盛るとキャラクター維持が大変だとマネージャーさんに言われ、デザインの段階で泣く泣く巨乳の夢を捨てた。


 ちなみにvtuberとしての名前は日向桜子だけど、実は本名も日向桜子だ。


 本名でデビューすると言われた時は大反対したけど、「絶対に本名をポロッと言わない自信がありますか?」と聞かれ、「確かに」とぐうの音も出なかった。


「みんな桜の花ありがとう〜。桜色のコメント好きなんだよね〜」


 コメント欄はすでに桜の絵文字で埋め尽くされ、真っピンクだった。初見さんは驚いているだろうけど、私みたいなバズっても無い新人を見に来る人はみんなすでにvtuberのファンだ。すぐ慣れる。


「さーて私は今どこにいるでしょう? クイズですクイズ」


『わかるか!』

『外配信してるの? 身バレ大丈夫?』

『こちら後方腕組みフロキャスオタク。新規の動揺ににっこり』


 コメントがいい感じに盛り上がってきた。


「まぁフロキャス古参なら分かるよね〜。そう、デビューして1ヶ月が経ったので、合宿に来てます!」


『キター!』

『今年のゲスト楽しみ!』

『桜子コミュ力なさそう』


「おい誰だ今暴言言ったやつw 桜の木の下に埋めるぞw」


 リスナーとプロレス。vtuberの醍醐味だよね〜。


『合宿ってことは葵ちゃんと一緒か』


 コメントでハッとした。


 そう、この合宿はデビューして1ヶ月経った新人が、

 "同期と絆を深める"ためのものだ。


 私にも1人、同期がいる。名を海月葵うみつきあおい。私より5万人も登録者が多い人気者だ。

 これまでは生活リズムが違うとかですれ違いばっかりだった。つまりリアルで会うのは今日が初めて。


「そうなの〜、葵ちゃんと一緒だから超楽しみ」


『てぇてぇを察知しました』

『壁になります』

『床で踏まれたい』


「おいコラ、百合カプ厨は自我出すな〜」


 楽しみだけど、不安でもある。


 配信での葵はクールで冷静で清楚なキャラだ。中の人が実は腹黒とかだったら凹む自信がある。


『なんか物音しない?』


「ウソ、なんだろ?」


 ヘッドホンのせいで周囲の音が聞こえない。だから視聴者の方が生活音に気がつくのはよくあることだった。


 ヘッドホンを取ろうとした、その瞬間。


「ここが配信部屋か」


「ゔぇ!?」


「あっ」


 配信室のドアが開かれ、廊下から深い青と漆黒が混ざった深海のような女性が入ってきた。


 すらっと伸びた足に、スレンダーな体。でも出てるところは出てて、羨望すら覚えた。


 きっとこの人が葵だ。そう思った私と裏腹に、私の中のオタクが勝手に叫んだ。


「うわっ! ド級の美人ッッッ!」


 大切な大切な同期との初対面はつたいめんで、なんとも失礼な言葉を吐き散らかしてしまったのである。




⬛︎あとがき◼️

♡やブックマーク、オススメレビュー☆☆☆ありがとうございます!


執筆の励みになります! 大感謝です!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る