第14話 あっさり目の考察とナレ死するボス


 けったいな魔法を使うボスへの対抗策を講ずるためにも、先ずは相手の魔法の原理、性質への理解から行こう。

 

 ボスの身体を回り込みながら滑り落ちた剣を拾う、もう数本の蓄えはあるが温存出来るに越したことは無いのだ、壊れるまでは何度でも屍は拾ってやるからな。

 突進攻撃を多用してくるボスではあるが、曲がりなりにも兎の形をしているのであれば跳躍も交えた方が良いだろうに、頑なに地を駆けているのは何か理由があるのだろうか。確かにこの筋骨隆々の肉体に撥ねられでもしたら相応の痛手を負うのは間違いないが、いまいち鈍臭いのも事実なのだ。とりわけ方向転換に手間取る所などそこらの兎と変わらぬ始末、或いは最初のボスという事で難易度調整がされているのかも知れないが、それにした所でいくら何でもちぐはぐに過ぎる。


 巨体を覆いつくす魔力は四肢の動きにも柔軟に反応し一切の隙を見せぬと言うのに、それを操る本体の動きがこうも精彩を欠いているのでは宝の持ち腐れにも程があると云うものだ。

 


 ……或いは、それこそが『ルーン』の欠点なのだろうか。



 そも、言語と云うものは学んで即座に使いこなせるような物では断じて無い。

 文法、文節、単語の意味に、主語述語装飾語の使い分け。伝えやすい言い回しと伝わりやすい言い回しの違いに、方言に代表される土地由来の表現方法の数々、果ては口語と表記の揺らぎなど、身に着けるには様々な段階を踏まねばならないのだ。

 

 それを踏まえればゲームのコンセプトの根幹であるにも関わらず、自分の様な裏技を用いねば『魔法の構築』に初期段階では手が出せない事も判らなくは無い。

 その上で魔法として行使するのでなく単純な魔力に属性を与えるだけなら、ルーン一つの段階から出来る事は確認している。昨日の少年は恐らく『爆』とかそこら辺のルーンを持っていたのだろう、それで自分の剣にルーンの魔力を纏わせ爆殺したと、そう言う事なのでは無いかと推測している。


 そうした場合、『天命』のルーンの魔力は常にその相手に対して作用していると考えても良いのかもしれない。


 何もしなくともこのボスの名称が見えるのは、恐らくこのボスが『表』のルーンでも持っているかしたのだろう、その効果で色々な物が見えてしまっていると考えるのがしっくりとくる。

 それならば紫色の魔力は喰らった兎由来の魔力と考えるのが正着か、『鈍』辺りのルーンだとしたらこいつらの鈍臭さにも、剣をぶつけた時のゆっくりとした挙動にも一定の理由付けが出来る事になる。


 この考え方の場合、他のプレイヤーも持っているルーンによる影響がどこかしらに出ている筈なのだが、或いはINTの値が著しく低いと何らかの反作用が出てしまうとかそんな感じなのだろうか、元が知性を意味する言葉なだけにその可能性も捨て置けないだろう。そうなるとキャラクリでINT1なんてキャラを作った場合、一体どうなってしまうのか、正直気になりすぎる内容だ。まあ今は置いておくが。


 取り敢えず数度の交錯で分かった事を羅列すると、魔力の鎧は触れた物の速度を落とす事、体表に溢れている魔力に触れると効果が発揮される事、効果が発揮されると魔力の膜が薄くなる事くらいだろうか。空中に漂う無色の魔力には何の反応も見せない事を鑑みるに、正攻法の攻略は遠距離からの魔法による攻撃と見た。次点で多数の物理攻撃を用いた飽和火力による圧殺か。


 少なくとも、前者の方法は自分がとるには難しかろう。何故ならば。


「『ストーンバレット』発射!」


 初級土魔術によって習得したこの呪文、比較的燃費は良いようなのだが攻撃の属性が物理よりなのだ。悲しいかなこのボス相手では効果が半減どころではない。

 それでも使い方次第では、有効打を入れる事も出来るのだが。

 


 足元の地面から発射された石弾が、一直線にボスの右眼目掛けて飛んで行く。中々の速度のそれを追いかける様に自分も突撃を仕掛ける。構えた剣の切っ先は当然ボスの右眼に向けて、前を行く石弾と切っ先が重なるように意識する。遠距離攻撃の類いが無いのは把握済みであり、突進中の方向転換が出来ないのもそうだ。開戦間際の交錯を彷彿とさせるこの一撃、異なるのは使用された一つの呪文のみと来た。

 狙い違わず右眼の前で止まった石弾、徐々に押し込まれては行くが顔にぶつかった時点で威力など無きに等しいのは先ほどの実験で分かっている。それでもこの呪文を使用したのはであると言う一点のみ。周囲の魔力によって速度を減衰された石弾が、ボスの顔に直撃するその瞬間、狙いすました右剣の一撃が強かにを殴打する。


 ボスの鎧はその身体から発する魔力によって形成された代物。自動的に発動しているのは強みだろうが、対象を細かく判別、操作するのは不可能な様なのだ。故にこうして二段階の攻撃を仕掛ければ、容易くはないが突破する事も不可能ではない。


 悲鳴を上げて大きく仰け反り身体を勢いよく震わせたボスから、巻き込まれぬ様急いで距離を取る。出来れば追撃を仕掛けたかったのだが、生憎ストーンバレットの呪文はクールタイム中につき発動できない。それでも大きく削れたHPバーと、石弾に潰され塞がれた右の視界の事を考えれば、十二分にお釣りが来たとも言えるだろう。


 こちらを睨むボスの視線を静かに見返しながらも距離を測る。一度目は奇襲に近い攻撃だったからこそここまで綺麗に決まったに過ぎず、二度目はそう簡単にはいかないだろう。

 


 そう思っていたのだが突進攻撃の勢いこそ開戦当初よりも増している物の、片目が効かない所為か立て直しに余計な時間が掛かっているのだ。

 途中から石弾を使わずとも、二本の剣を交互に突き刺すようにすれば簡単に防壁を突破できることにも気づいてしまい、気付けばボスは滅多打ちに。HPバーが残り三割を切った直後から漸く遠距離攻撃も用いる様にはなった物の、速度低下の掛かった遠距離攻撃など回避の手間が増える程度の問題にもならず、結果としては只の賑やかし以上の物では無く。


 憐れ『兎喰のラゴス』はサンドバックと成り果て、十分少々の格闘の末めでたく討伐されたのであった。



 倒れ伏したボスの巨体が、ファンファーレと共に燐光へと還っていく。空へと立ち上る燐光と、その輝きの向こうに昇る太陽との対比が実に神々しい光景だ、正にファンタジー斯くあるべしといったその情景に言葉も無く立ち尽くしていると、やたらとファンシーな通知音が意識を現実へと引き戻してきた。


 目の前に浮かぶ半透明のポップアップ、そこに書かれているのは先ほどのボス戦闘のリザルト一覧であった。ドロップアイテムが事細かに書かれているのはパーティー内でのアイテム分配の関係上の理由だろうか、さっと流し読み即座に閉じる。詳細を確認するのなら後でも良い事だ、今必要なのは戦後の後始末の方なのだから。


 静かに振り向くと驚愕の視線が向けられているのがよく分かった。正直な所、所詮は最初のボスと云った所であって、多少なりとも戦い慣れていれば十二分に安全マージンを取りながら戦うことが出来るだろう。

 少なくとも後ろから見ていた段階では、彼ら見習いでも十分勝機の有る相手であったと言える以上、『ガズル』と呼ばれた益荒男の叱咤もある種当然の事か。

 

「ふむ、想定以上の腕前だな。お前さんさえ良ければ正式にウチに勧誘したいくらいなんだが、どうだ、俺らと一緒にテッペン目指さねえか」


 そう思っていたのが通じた訳では無いらしいが、いの一番に声を掛けてきたのは益荒男の方だった。てっきり交渉は隣の優男に一任しているのかと思っていたが、案外柔軟に動けるらしい。天真爛漫な笑顔に明らかに気っ風の良い漢としての風格、これ程のカリスマ溢れる人物から一角の人間と認められてしまえば、抗いがたい魅力がある事は事実だろう。


 だが、その明るさは今の自分には毒でしかないのだ。


「すみません。今はまだ、自分一人の力でどこまで出来るか確かめてみたいので」

「そうか、なら行き詰った時にでもいいさ。何時でも話くらいは聞いてやる、フレンドになろうぜ」


 そうして差し出されたその手には一切の下心なんか乗っていないのが解るほど、朗らかで明るい太陽の様な笑み。エネルギッシュながら威圧感を毛ほども感じさせないその在り方は、ある種人を率いる『王気』とも言える代物であった。


「其方だけで話を進めないで頂けますか。アスラさん、私ともフレンド登録して頂けませんか?」


 そう言ってきたのは『ガラク』と呼ばれていた優男、如才ない振る舞いであると思うのだが、コチラには一つ聞かなければならない事があるのだ。


「すいません、フレンド登録の仕方を教えて頂けませんか」


 何せコチラは始めて二日のニュービーなのだ、況して引き籠りなのだからそんな機能の確認などした事も無い。


 顔を見合わせた二人は唐突に破顔し両手を上げる。釣られて自分も両手を上げると、そこへ勢いよく二人の両手がぶつけられた。

 力強くも決してコチラを突き放すような勢いではないガズルのそれと、ヘタレた音を上げる力ないガラクのそれ。これは俗に言うハイタッチと言うやつでは無いのだろうか、困惑に頭が埋められる自分の耳に、耳慣れぬ通知音が木霊する。


 釣られて向かった視線の先にポップするのは、『フレンド登録がされました』の文字。


「方法としてはこうしてハイタッチなり握手なりする方法と、ステータス欄の『フレンド一覧』から『目の前にいる相手に申請する』を選ぶのと、この二種類があるぜ」


 してやったりな顔をしているガズルと呆れたようなガラクの対比が目に付くが、ノリノリでやって来たのは二人共だろうに。


 そうは思いつつも笑顔の二人に釣られるように、コチラも口角が緩んでしまう。

 結局のところ、工房への紹介状をその場で認めてもらい、それ以上はコチラの事情を汲んで貰ったのかその場は解散となったのであった。

 

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