第13話 はじめてのボスせんとう
麗らかな日差しが気持ちの良い草原の奥地、気付けば自分はボスエリアの前にまで着いてしまっていたらしい。
「それで、ご依頼は何でしょうか」
そこで出会ったのは十人近い大所帯の集団、『クラン・火竜の鉤爪』を名乗る者たち。
「難しい事を頼むつもりはない。アスラ、貴殿の闘い振りをこ奴等に見せてくれればそれで良い」
一同の頭目と思われるのは一際大きな身体つきをした益荒男。
「報酬は、ボスとの戦闘で使用したアイテムの金額及び装備一式でどうでしょうか」
その隣に立つのはやたら傾いた格好の優男。
「装備と言われても、現物を見ないことには判断のしようがないのですが。アイテムに関しても、そちらが価値を判別できない物も自分が所持しているかも知れませんし、その場合はどういたしますか」
更に後方には揃いの紋章の刻まれたマントを見に纏った兵士が並び、その後ろに未だ若い見習いたちが佇んでいる。
「そうですね、アイテムに関しては、その場合は交渉しだいとなりますが概ね言い値でお支払いしましょう。装備に関しては彼等の身に付けているものと同じものを一式、当然新品をご用意致します」
そしてそんな豪勢な一行の前に立つ小汚ない自分のアバター。泣けてくるねぇ。
「アイテムに関してはそうですね、その通りにお願いします。ですが、鎧の方は頂くわけには参りません」
頼まれたのはボスとの単独戦闘の公開。
「では、この鎧を当ギルドが購入した工房への紹介状で、どうでしょうか」
「……判りました、その内容でお願いします」
眼前に聳え立つのは魔法の産物としか思えぬ扉。極彩色に輝くそれは、美しくも恐るべき異様さで以って、対峙する者を選別しているかのようですらあった。
薄ら靄掛かった扉の向こう、だだっ広い草原に生き物の気配は露程もないがそれも当然の事だろう。
ボスエリアという区切りの事だけではない。境界を区切る門の最上部、極彩色の光を発するそれこそが、この世界を作り上げた神々の残滓たる『ルーン』なのだから。
ある意味幸先の良い事だ。ルーンはボスとの戦闘でも入手できるが、必ずしも手に入る訳ではない。ボスの性質と自身の傾向、その二つが上手く合わさったその時にだけ神の言葉が人々の手元に舞い戻るのだ。ある種それは神の権能をヒトの知識と貶めるような行為なのかもしれない。
交渉も纏まった所で扉へと向かい一歩を踏み出す、その背に刺さるは興味と困惑の視線。その比率は三対七程度の割合だろうか、見ていた限り十分に余裕を持って相手取れるとまでは言わないが、この位の修羅場は向こうで何度も越えてきている。要は死ななければ良いだけの話、落ち着いて対処できるなら勝機は十二分に存在しているのだ。
夢幻を扉の形に模したような、見詰めているだけでも気持ちが悪くなりそうな造詣のそれにゆっくりと手を掛ける。観衆も居るのだ、せいぜい派手に踊るとしよう。
勢いよく開け放ったその瞬間、向こう側と空間が隔絶されたのを肌で感じる。後ろを振り返って見たいものの、眼前のモンスターから視線を逸らすのは危険だと言う警鐘を信じ、ひたとその顔を真っ直ぐに見詰める。
扉が開けられたその瞬間、何処からともなく現れた怪物。先ほど見ていた巨大な兎の姿をしたそれは、こうしてみれば兎等と言う動物とは一線を画した存在であることがよく分かる。
ぎょろりと飛び出した両の瞳は、焦点が合っているんだかいないんだか判らぬままに頻りに周囲を睥睨し、半開きになった口元からは涎と共に長く鋭い牙が覗く。肥大化した筋繊維に包まれたその身体は、毛皮の上からでも解るほどに歪に膨れ上がり平常の生物では無い事が知れる。
総じて『兎』と言う言葉で括ることが躊躇われる様なその異様さは、ボスに与えられたその名前からも漂っていた。
『兎喰のラゴス』
そのように表示された名前の下にある長いバーは、もしやHPバーと云う物であろうか。何か二本あるんですが、これがバグと云う物なのか。
そんな茶番を挟みつつ、右手で確りと剣を握りしめる。久しぶりの全力戦闘だ、昨日のあれで何処まで錆が落とせているのか、確認含めつつ出来る限りの動作を試そう。
どうやら初手は譲ってくれるらしく向こうは出現位置から動こうとしない。ならば確かめたい事もあるのだ、初手から全力で行かせて貰おう。
駆け出すと同時左で逆手に剣を抜く、昨日の盗賊連中から剥いだ剣の内の一本を腰に吊って来ていたのだ。結局このゲーム、解体に類する行動は実装されてはいないらしく、あくまでも巨大なモンスターの特定部位を破壊する事で追加のアイテムドロップが発生する、程度の仕様でしか無いらしい。
ならば解体スキルは何のために有ったのかと言うと、アイテムドロップ率の微量の増加に加え、スキル所持者の知識量に応じて相手に与えるダメージ量が上昇する効果があるらしいのだ。熟達した猟師の解体技術が洗礼されているように、相手の生態や能力に精通する事でより効率的に攻撃が加えられるというような意味合いらしい。
詰まる所現実で人体に精通しているという意味合いで、ゲーム内のスキル効果が増幅されている様なのだ。そのおかげなのかやたらと盗賊共が身に着けていた装備品が余っているのだ、賊の身に着けていた装備など信頼性の面から言えば最低だが、今はお試しの内、散々に使い潰す心算で振るってしまえば良い。
走る勢いをそのまま乗せて、左の剣をボスの首筋に叩き込む。見上げるような巨体のそれを兎と呼んでいい物か、『兎喰』と付いているくらいなのだ、兎を食べているのだから兎の類いでは無い筈だが。と言うか何故にいきなりボスの名前やHPが見えているのだろうか、初回限定サービスなのだろうか、それともボスだけはこうなっているのか。
そんな無為な思考が回ってしまうほど剣から伝わる手応えは、想像していたそれとはかけ離れた物だったのだ。
良く鍛えられた筋肉を『鋼の様だ』と称賛することが多々あるだろうが、それはあくまでも比喩表現の一環に過ぎない。実際の筋肉と云うものは繊維の集合体なのだから、いくら鍛えた所で繊維に沿うように力が掛かれば容易く破断してしまう物。丸太を横から斬るのは至難の技だが縦に割るのは簡単なのと同じことで、剣で斬るという事は如何に生物の構造の隙間に切っ先を差し込むかという事なのだ。
だと言うのに先ほどの感覚は全くと言っていい程に別物であった。
硬質な訳でも無く、密度が高い訳でも無く、刃筋が立たない訳でも無い。唯々只管に肉に着くまでが
一撃入れたのだからここからがゲームの始まりとでも言うかのように、俄かに動き出したボス。その動きすらもゆっくりと遅く見えるのは、ただ挙動が遅いだけなのか、それならば倒れ込む自分の動きすらも遅いのは一体全体何故なのか。頭上を薙ぐ回し蹴りを回避しながら、転がるように距離を取る。
離れた途端、動きに精彩が戻り、視界が常の様に回りだす。こちらへと突進を仕掛けるボスの姿を見遣りつつ、疑問を確信に変えるべく一つ小細工を弄してみようか。
逆手に構えた左剣を振り上げながら順手へと構え直したその動きのまま、突進してくるボスと擦れ違うように交差するその瞬間、再度攻撃を試みる。
ただし、今度は直接は攻撃しない。
突っ込んで来るボスの目の前にくるように、剣先を向けたままになるよう投げ落とした壊れかけの剣、突撃の速度と投擲の速度、二つの要素が絡み合ったそれがボスの額に勢い良く激突する。
その瞬間、勢い良く弾き飛ばされる筈の剣が、やけにぬるりとした動きで顔の上を横滑りしていく。
通常起こらない筈のその動作に、出し惜しむつもりであった『魔眼』の使用を解禁してみた所、なるほど面白い光景が目の前へと飛び込んで来たではないか。
極彩色に輝く視界の中で一際目を引くのはボスの体表で輝く魔力の膜、上から下まで隙間無く覆い尽くしたそれは、白と紫、二つの魔力から出来ている物だった。
そのまま目線を上げればそこには先と変わらず鎮座するボスの名前とHPバー、それはボスの体内で脈動している白い魔力の渦と繋がっている。
では紫色の魔力はどこから来ているのかと覗いてみれば、そちらは身体の各所、瘤のように肥大した筋肉の塊や胃の内部から流れ出ているではないか。
さて、この違いは何処から来ているのだろうか。
右手の剣を鏡代わりに魔眼で自分の身体を覗いて見たら、一面真っ白で何も見えやしないのだ。参考にならないことこの上ない。
首を巡らせ扉の向こうに居る筈の面々を覗こうとしても、極彩色の膜に包まれ杳として知れず、比較対象が存在しないのだ。
とは言え肉眼ならば向こうの様子も伺える辺り、あくまでも魔力的な要素による隔離という事だけなのだろう。
或いは物理的な視認以外の、すべての干渉が遮断されているのかも知れないが。
ここからどうした物か、少々悩み処ではあるが取り敢えず、手当たり次第に思い付いたところから手を出してみようか。
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